Sustainableである前に

SDGsという言葉に懐疑的である。誰もがこの言葉を知るようになり、持続可能な社会を意識するようになったのは、素晴らしいことだと思う。

しかし、Sustainable(持続可能な)という言葉だけが独り歩きしていないか。持続可能な企業、持続可能な自治体、持続可能な国。都合のいいように使われていないか。

持続可能である前に、持続することが許される社会であることが優先する。私はそう考える。

いじめやハラスメントを経験した人ならわかると思う。学校など燃えてしまえばいい。明日など永遠に来なければいい。いまが続くことはもう耐えられない。私もそうだった。今もその中にいる人がどれだけいるだろうか。

だから言う。今の社会が今のまま続くことは許されない。こんな社会が続くのなら、なくなったほうがいい。理由もなく、または勝手に理由づけて、ひとを虐げ、排除し、孤立を強いるような社会なら、ない方がいい。持続可能な社会より、続いてもいいと誰もが思える社会のほうがどんなにいいだろう。

「だれ一人取り残さない」という理念を忘れたSDGsなら、もういらない。


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