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365短歌(2022)

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2022年に投稿した三首の連作短歌をまとめたマガジンです。
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2022年7月の記事一覧

連作 星の見えない望遠鏡

まだ星の見えない望遠鏡ひとつ黒い壁紙に向かって覗く 望遠鏡みたいにのびる左手で掴む半額シールの惣菜 エアコンのない道をゆく不織布のマスクを外せば夏の星空

連作 かなしみの足し算

かなしみを足し算にしていく夜は知らない路地を歩く想像 いたいのはここではなくて切れたのは電球だった 目覚めても夜 うれしさを掛け算にするような日に駆け回りたい砂浜がある

連作 画面の向こうの手

熱量を感じさせる手の群れたちが画面の向こうで跳ねたり揺れる ライティングきらめいているステージを見上げるひとからこぼれる星々 いつかそこに立っていたくて聴きたくてまぶたを閉じて旅する宇宙

連作 瑞雨の温度

雷が落ちれば降りだす雨のよう小鳥が鳴けばはじまる一日 引き出しに足りない言葉を学ぶため雨の街へと繰り出す休日 手のひらを雨が叩いた出口 夏 瑞雨の温度で花ひらく水面

連作 読むことのない文章

書き進むことのない文 君の目が読むことのない文章を生む 書き出しも決まらない夜のプリンターは白いコピー紙を吐き出しつづける もうろくに書けなくなった脳みそで完成させた夢を見ている

連作 朝顔の色みたいな空

この夜が白雪姫へのキスみたく終わってしまえばいいね、ヨルガオ 名前だけ覚えていればいいなんて朝顔の色みたいな空だ どうやっても君に辿り着くひるがおを見つけられない昼の明るさ

連作 ふたりのサマー

二リットルのバニラをえぐる 弛緩した指がむかえたふたりのサマー 向日葵が遠くで揺れているような僕らを避けるクーラーの風 日焼け止め塗ってから出る縁側にもうすぐ枯れるアサガオの花

連作 七月の車窓

七月の車窓の向こうを見つめては目的地まで眠気にあらがう めざめたらどこかの国に着くように逃げたい気持ちはいつまでもある 眠らずに弱冷房車を後にするきっと逃げないままを生きてく

連作 廃墟みたいに生きていく

毎日を廃墟みたいに生きていくせいろうどんを選ぶゆびさき ねむくってからだに足りない栄養素数えて見積もる明日の昼食 からからの雑巾絞って水を出すみたいに起床 せいろうどんの朝

連作 朝の間違い探し

ルーティーンのさゆをこぼしてゆく朝の間違い探しのような溜息 全方向傷付けたくてジェラシーのような陽光のなかの一歩目 踏み外しそうだとおもう駅前の約三十段のかたい階段

連作 スクランブルエッグ

キーケースはだかの鍵を見つめてはビジネスホテルのスクランブルエッグ 現実と夢の狭間のような味誰がいれても同じコーヒー 続いては、ダーツで地図を刺すように自分の居場所が増える正夢

連作 さまたげられずに話をしたい

つけっぱの冷房が切れる深夜四時さまたげられずに話をしたい わたしたち、頭の中の広辞苑 収録語数が違いすぎたね ひらがなにひらいてお話してくれるあなたのやさしさだけに泣いたよ

連作 生まれたてのブラックホール

立ち止まるあなたの影をもうじきに燃え尽きる三等星が踏む 悲しみのなかのあなたはほろほろと星をこぼして銀河系の床 閉め切った部屋であなたは生まれたてのブラックホールのように泣いてた

連作 とくべつなこの夏祭り

手のなかで泳ぐ金魚でしかなくてせめて寿命まで生かしてほしい 愛だってわかっているなら当たりくじなくてもわたしを引き当ててくれ とくべつなこの夏祭り 来年もあるかはわからないから好きだ