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空の手のひとたちにだけ触れていく手紙のかたちをしている春風 丁寧にいち、にい、さんとふくらんだ桜の芽から手放す春風 向こう岸の一年生のクレヨンのような歌声を運ぶ春風
舌先をやさしく食んでゆく君が前の歯で割るペロペロキャンディ ファンタジーみたいな色のガム噛んで膨らませては消費した未来 オレンジのリングのグミを薬指にはめて遊んだ既婚者ごっこ
冬の日をまとめるようにエプロンのリボン結びを練習していた まだ冬の気配が満ちるキッチンでコンロのほのおの温もりが好き 静寂を裂かないように包丁でしずかに冬の野菜をきざむ
すぐ脇を通り過ぎてゆく配達の夕闇を裂く黒の自転車 二駅も先から配達されるカツ丼のかたちの今日の虚しさ からっぽの容器を重ねて胃に溜まる喪失感を消すために、また
喫茶店でしか食べないナポリタンみたいに君と見たことのない朝 僕というからだを地図にして君の勤勉な口が落ちてくる夜 メビウスを吸う横顔に迫りくる朝はつづきを望むだろうか
底にあるじゃがいもが芽を出すように牛乳パックにはさみをいれる 芽を取れば食べられるはずのじゃがいもはどれも右手になじむ大きさ じゃがいもをグラタンにする 新聞を犯行予告に使うみたいに
冗談でにゃあとか言えばほころんだ夜が素肌につけた傷跡 空泳ぐ星を必死につかもうと片手外してブランコを漕ぐ 思い出すのはもういいよ、暗がりにまぎれるようなくろいくろい猫
雨降りの街はとおくにあるようでだんだん近いファミマの緑 壁越しの雨音を聴く 立ち読みをしているひとの後ろを通る ファミマから雨が上がった街に出る 入店音で虹が生まれる
春という待ち人を待つ君の手が夜明けのようにバゲットを抱く サバンナで警戒しているシマウマのようにあなたが見まわす駅前 君が履くチュールスカートをかすめてく春風のような誰かの吐息 この連作は、一首目の#短詩の風で呟いた、結構お気に入りの短歌を中心に作りました。 話は変わりますが、57577展に行ってきました。たくさんの素敵な短歌を浴びられたのが嬉しかったのはもちろんですが、もっと短歌を詠みたくなりました!色んなところで選ばれるような短歌も詠みたいですが、何よりも自分が一番
きみのこと忘れるためのミルフィーユいちどに崩さず剥がして食べる 頬伝う涙で視界が見えなくてもショートケーキのきらめきは勝つ やさしさをきみに向けられないままでシュークリームに沈める指先
六畳間 水族館の水槽に捕らわれた人魚みたいにねむる 寝て起きて飲む微炭酸ぱちぱちと目が覚めてゆく音がしている カーテンの隙間から入りこむひかりどんな擬音語で降りそそいでる
おやすみと言えないひとりのユートピア育てているのはカイワレ大根 許可なしに育っていくからあなたにもきっとわたしは要らないんだね やさしさの欠片などなく摘んでいくもうすぐサラダに入れてあげるね
そこそこの背中のニキビもわからないほどにあなたが近くてつらい 触れないでほしかっただけ。痛いのがわたしだけだと分かっているくせ 治るまで朝は抱きしめないで夜は忘れてしまうまで抱いてほしい
あでやかに淡雪が降るような日にあなたが消えて二度目の冬が 積雪の果てにあなたがいるようでスコップを振り下ろす雪かき スコップの先がかつん、とぶつかってすこし期待するあなたの肢体