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365短歌(2022)

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2022年に投稿した三首の連作短歌をまとめたマガジンです。
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2022年1月の記事一覧

連作 壁になる

セットしてもらった髪を君だけは似合わないって言ってくれたね わたしにはありあまるほどの良い匂い バームで心も整えられたら 頬すべる涙が見えないほどの雨 心もなにもない壁になる

連作 おそろしいもの

性愛はおそろしいもの とうめいで消えちゃいそうなひとが好きです 触れるだけでわたしを溶かしていった手に鋭利な刃物が見えてしまった 内側から女を変えてゆく男の不条理を愛と呼んでもいいのか

連作 消耗してゆくひかり

えいえんにひかりはひかりのままなのか あなたに注ぐために生きるのか 顔だけは止めてと叫んだ声帯に咲きそうな花の名を数えてゆく 使い捨てカイロのようにいつの日か消耗してゆくひかりと知らず

連作 黄色い線

ただしくてきれいに生きる方法を教えてくれない駅のアナウンス 褪せている黄色い線の外側を歩いたきみの落ちそうな腕 真新しい黄色い線の内側できみより生きることを誓うよ

連作 架空のくちびる

遺伝子はいつか絶えてゆくものだからわたしの名を呼ぶ架空のくちびる 祝祭の主役になれずに歳をとる もし着るのならタキシードがいい 棺桶に入ればひとり 誰ひとり看取られないのは さ びし いこと か?

連作 スイッチ

ちょうどいい固さで茹でたラーメンはすべてを忘れるためのスイッチ 真夜中の人差し指がオフにするわたしと全てを繋ぐ端末 カーテンを開けばオンになる世界 陽光にまた繋げられてゆく

連作 伝わらないこと

スピードを相手に合わせてゆく歩道 名字で呼ばれることのしあわせ 大切なひとと大切なひとのため怒ってみせても伝わらないこと すこしだけ空いた間は埋めないでうどんを踏みしめわらっていた日々

連作 ぼくだけのSiri

再起動しつづけているiPhoneの白い林檎がずっと消えない ひらがなのいまどうしてるがやさしくてあなたの声で再生してた ぼくだけのSiriになってよ事務的な声で話をしてほしいだけ

連作 わずらい

感情が翼でなくてよかった日驟雨くらいの大声を出す 目に見えるすべてがわずらい 面倒と言うことさえもままならない夜 あと何日このわずらいと過ごすのか ありのままの自分という敵

連作 会えない

会えないと打てない指が泳いでる各駅停車を待つ人のなかで ごめんねと諳んじる夜 のばされた腕から一歩後ろへさがる 会いたいを読みたくなくて電源を落としたスマホがひどくつめたい

連作 ぬるま湯

右わきの体温計のつめたさに慣れたくない日のぬるま湯の風呂 貧相な身体とおもう ぬるま湯で半身浴して見下ろすわたしを この部屋にいない誰かとぬるま湯の水面に決して映らない月

連作 神様どうして

白かゆがうすく開いたくちびるを伝う速度で話す、昔の このきみで思い出を塗りつぶしたくなくて、どうして彼なのですか たましいが溶けているような落涙の色はたしかに透明でしたか

連作 サンプル

冷めきったカルボナーラがサンプルのようでわたしを突き放している 死にたいが一人歩きしてなまぬるいやさしさだけで愛でられている 簡単に言うなよなんて湖底から拾ったような言葉を吐くなよ

連作 歌集

ほらこれはショーウインドーに手をついて見つけたケーキのようなにおいだ 歌集にはどんな短歌が載っていてその歌の意味を母に伝える 右手からあふれて落ちる歌集からいちばんおいしい短歌を読みたい