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小説|ピリオド case2


「現状は今年のクリスマスを迎えられるかどうかが限界かと思われます、、、しかし、、、」

僕はお母さんと、僕の病気をみてくれているお医者さんの会話を聞いていた
お母さんは何も言わずしばらくして肩をひくひくさせていた

病室に戻るといつもの元気なお母さんがいた

「おかえり。今日のレクレーションはどうだった?」
「七夕の紙芝居がすごく綺麗だったよ。星がすごく綺麗で、僕もあんな絵を書きたいと思った」
「それは素敵なことね、絵の具、とってこようか?」
「うん!」
絵を描いている時間がとても好き
この時だけは誰かに話しかけられてもほとんど何も入ってこない
お母さんはひっきりなしに僕に喋りかけてるけどそれは言葉になって聞こえてこない
でもそのガヤガヤを背景に絵を描くのが一番楽しい時間
夜、病室で描いている時も楽しいけど、ふと無音なことに気づくと死神がやってくる気がして怖くなる

僕は走ったりするとすぐ息が切れちゃう
騒いだつもりはなくてもゆっくり息をして!と怒られる時がある
でも僕は絵を描くのが好きだから走れなくたっていいんだ
綺麗な色が見える、ペンが持てて、自分が思うように動かせる、隣でお母さんが僕に喋りかける
それで僕はとても幸せで、僕の心臓はきゅうっと熱くなる

悲しいのはお母さんが僕が嬉しい時になぜか泣いていること
絵ができたとき、喜んで見せるとお母さんは決まって泣いちゃう
「嬉しい時も涙は出るの。あなたの絵をこの先もずっと、何枚も見たいと欲がでるの。また描いてね」
「もちろんだよ」
そう、もちろんだよ。僕は好きで描いているんだから。お母さんが悲しいなら僕は嫌でも描くのをやめるかもしれないけど、泣いてても嬉しいと言うなら僕は書き続けるよ。

だけど、あれ?筆が進まない
そうだ、僕は星を知らないんだ
ここから見える星は少しだけど紙芝居の星はもっとたくさんだった
本当の星が見たい
見たものを描きたい
「お母さん、たくさんの星を見に行きたいよ」
お母さんは少し驚いたような顔をしたけどすぐ喜んで、お医者さんに聞いてみると言ってくれた

1週間後、外出許可の紙を持ってきてくれた
僕はサインをして、お母さんと、ひとりの看護婦さんと星を見に行くことになった

夏でもそこは涼しくて、
もう秋が近づいているように鈴虫がちらほら鳴いていた
昼は少しじめっとして暑かったけど、夜になると急にきりっとなって、どこまでも暗い空にきらりきらりと星がつらなっているのが見えた
星はそれぞれうるうるしていて、泣いてるような感じがした
僕は気づいたら泣いていて、お母さんを心配させてしまった
「どこか辛い?帰ろうか?」
「どこも辛くないよ。綺麗なものをみたときも、涙がでるんだね。」
「感動した?」
「うん、多分。感動っていうのかな。すごく、すごく綺麗だと僕は全身でわかるんだ。」
「素敵な星の絵がかけそう?」
うん、描ける。早く帰ろう。
そう言いたかったのに喉からはからからの空気だけがこぼれた。

起きたら星は無くて、病院の天井だった
お母さんが僕を見ていたので目が合った
大丈夫だよ、と言いたかったのに音が出なかった 
そのまま僕はまた眠ってしまった

起きたら、調子がよくなっていた
お母さんが部屋の隅で本を読んでいたので声をかけた
ちゃんと音が出た
「お母さん、絵の具をとってくれる?」
お母さんは急に声をかけられてはっと驚いたけどすぐに絵の具を持ってきてくれた
「どう、気分は?お医者さんよぶね。」
「うん、凄くいいよ。昨日の星を描きたいんだ。」
急にお母さんは僕をぎゅうっと抱きしめた
苦しいくらいに
「もう明日はクリスマスよ。よーく寝たから元気になれたかしら?少しだけ、トイレに行ってくるから待っててね」
お母さんは走って出ていってしまった
クリスマス?
僕は昨日星を見に行ったのに
でも見渡すと部屋はクリスマスの飾り付け、
暖房の乾いた匂い、ケーキを焼いた後の匂い、たしかにクリスマスの匂いがする
そんなに眠ってたのか、、
でもそんなことは関係ない
まだあの星空を昨日のことのように覚えているから今描かないと。
僕は筆をとって描き進めた

途中でお医者さんが来た
何か言ってたけど、手を止める必要はなかった
多分僕の様子を見て大丈夫だと思ったんだろう
気づいたら隣にいるのはお母さんだった
少し手を止めて休憩をしようと思った
「描き終わったの?」
「いや、まだだよ、すこし休憩」
「お母さん、クリスマスプレゼントにこの絵が欲しいなあ。完成させてくれる?」
「もちろんいいよ。あしたの朝まで?」
お母さんは少し考えたあと、
「ええ、あしたの朝でいいわ。お願い」
「でも、もう少し続きを書くことにするよ。もう帰って大丈夫だよ、おやすみ。」
「そう?じゃあ、おやすみ。絵を描くの、楽しい?」
「絵を描くのはいつだって楽しいよ。」
「それはいいこと。沢山描いてね。」
「お母さん、どうしたの?」
お母さんは震えてるんだ
「これは多分悲しい涙ね。お母さん、遠いところに行くの。帰ってこれないと思う。だけどあなたは元気でいる限り、お母さんのために絵を描き続けていてくれる?」
「もちろんだよ。僕は絵を描くよ。でも、お母さんと会えないの?」
「そう、ごめんね。本当にごめんなさい。でもお願い。お母さんの一生のお願い。」
「わかったよ。」
わかったよとしか言えなかったよ。
クリスマスの朝起きたらお母さんはいなくて
僕の顔は濡れてかぴかぴに乾いていたよ。
絵はクリスマスに完成したのに、渡せなかったよ。

それから僕は絵を描き続けた
僕の心臓は強くなった
走ってもなんの問題もなくなって、学校に行くようになった 
絵の学校にも行った
友達もできた
賞もとった
絵で生活ができるようになった

ある日通知が届いた
虹の家はお母さんが行くと言ったところだ
申請書は見たことがあった
僕がサインしたことがあるものだった
自分が母を遠くに追いやることに加担したことを知った
母が自分にそれを書かせたことに気づいた
なぜ自分は体が弱かったんだろうと涙した
母のいないこの世界で絵を描くことが嫌いになった
申請をしようと、試みた
だけど自分には承認者がいなかった
母との約束のために僕は絵を描き続けた
食べるのも寝るのも忘れて描き続けた
声が出なくなって星になる夢を見た


case2

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