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小説|ピリオド case5


ねえ、最期の日はいつにする?

彼女のその言葉が頭から離れなかった
自分で最期の日を決められると知った日だ

僕たちは同じ誕生日
同じ街に生まれた
当たり前のように一緒に育ち、頭の出来も同じようなものだったから学校もほぼ同じコース、
気づいたら付き合っていて、
まだ若いけどこのまま一緒なら結婚しちゃおうかと話していた頃だった

自分がいつ死ぬかなんて考えたことなかった

ふと、じいちゃんのことが気になって
コンタクトをとってみた
「じいちゃん元気?この間の誕生日、第二の成人通知が来たんだけど、じいちゃんって申請してるの?」
「お〜、お前ももうそんな年になったか。ああ、しとるよ。100歳きっかりの予定。」
「え、あと5年しかないじゃん。じいちゃんどこも悪くないでしょ?」
5年後にじいちゃんがいなくなるなんて信じられなかった。ばあちゃんは僕が物心つく前に亡くなっていたから覚えていない。

「そうだな、あと5年ていうのはあっという間だろうな。なんでも95年生きてるからな。」
「いつ申請したの?」
「ばあちゃんが死んだ時だよ。」
「どうやって決めたの?」
「ばあちゃんが死んでひとりであとどれくらいやっていけるかなって考えたんだよ。今ではお前の父さん母さんみたいに離婚再婚は当たり前だけどよ、俺の時はばあちゃん以外の女は考えられなかったのよ。自分の体は元気でもばあちゃん無しの生活は退屈だろうから。だけどお前がいたから、お前が大人になる頃までと思ってキリの良い100までにしといたのよ。そこまでは頑張ってひとりでも楽しんでやるかって。」
「そうだったんだ。」
しばらく次の言葉が出てこなかった。
けれど聞いてみた。
「僕、ばあちゃんのこと覚えてないんだけどさ、なんで死んじゃったの?」
じいちゃんはしばらく黙っていた。
「、、、ばあちゃんはなあ、俺の3個年上で、出会った時にはもう申請してたんだよ。申請してたなんて知らなかったけどな。2×××年を申請日にした根拠はわからない。俺は同意サインもしてないし、申請なんて考えてないと思ってた。最期の日の1週間前に突然言われてなすすべ無しだったのよ。ばあちゃんはお前の誕生をすごく喜んでて大きくなるまで支えてあげたかったと悔いていたよ。」

「僕、じいちゃんのこと好きだよ。感謝してるよ。もっと長生きしてほしいよ。」
気づいたら僕は泣いていた
「ありがとう。お前は素直で優しい子だよ。俺はこの申請制度、悪い制度だと思わない。こうして終わりがわかれば素直にもなれるし準備もできる。健康に最後まで生きるという目標が持てる。だけどひとつ、申請の取り下げが出来ないというのが難点だな。俺もばあちゃんに長生きして欲しかったしお前に孫ができて、大きくなるまで見たいと欲がでる。だけど今俺は後悔はないな。ひとつだけ約束してほしい。お前の親より先に死ぬなよ。順番は守れ。それだけだ。」

じいちゃんの言うことはもっともだ。
じいちゃんがいなくなるのはまだ実感湧かないけど、それを知った今これよりももっとコンタクトを取るようになると思うし、じいちゃんとの時間を大切にできる。
じいちゃんは豊かな人生を生きている。
そう思えば受け入れられる気がした。

「ごはん、そろそろ食べる?」
様子を伺って彼女がリビングから顔を出して聞いてきた
「うん、食べよう」
今日は彼女が夕食を作ってくれた
ハンバーグとナポリタン
「なんだか大人版お子様セットだな」
「でしょ?ハンバーグもナポリタンもどっちも食べたくてどっちも作っちゃった」 

あったかくて、美味しい

「僕の父さんも母さんも2人目のパートナーと暮らしてる。人生は長くてこの先どうなるかわからないよね。」
「急に何?」
彼女は怪訝そうな顔になり続ける
「私の両親だってそうよ。それが普通かもしれない。だけど私はあなたとずっと一緒がいい。」
「君はずっとそう思っててくれるかな?」
「そうに決まってる。なに?今更他の女ができたとか?」
思わず僕は吹き出した
「そんなんじゃないよ。ただ、自信がないんだ。自分の両親や周りを見ていると、人は心変わりする。それに、申請は取り消せない。」
「その自信を持たせるために、最期の日を決めましょって言ったのよ、ばかね、何もわかってない。」
「どういうこと?」
「私はあなたと結婚したいと思ってる。だけど覚悟のない結婚は嫌なの。今の風潮は気持ちが変わればそれぞれ自由にやっていけることに寛大で良いかもしれない。だけど、今、私が大切にしたいと誓う人は目の前の1人なのに、この先を約束できないくらいの不安定な気持ちじゃ嫌なの。気持ちが変わることが前提なの?一万歩譲ってもしそうなったとしても最期の日に顔を合わせる覚悟くらいないの?そういうことよ。」
彼女は一息に言ってワインを一気に飲みふっと息をついた
「なにニヤニヤしてるの!」
「いや、ごめん。嬉しかったんだ。僕はばかだ。思ってることを言語化するって難しいんだよ。でも君がすごい勢いで言って欲しいこと言うから、、僕ニヤニヤしてた??」
彼女はうんざりしてため息をついた
「何も私だって今すぐ申請をするべきとは思ってないわ。覚悟の話よ。」
「うん。ありがとう」
それから僕はじいちゃんに聞いたことを彼女に話した
「だからさ、申請の日はゆっくり歳をとって決めようよ。一緒に申請したいと思ってるよ。だから、、」
「だから?」
「結婚しようよ」
彼女は笑って頷いてくれた

それから僕たちは結婚して
たくさん旅行にも行って
毎日美味しいごはんを食べた
次の春には新しい命が芽吹いていることを知った
3人の未来を描くようになった
少しずつ膨らんでいくお腹に神秘を感じながら
穏やかに月日は流れた

「そろそろ名前を考えようよ」
彼女は言う
「そうだね。好きな響きとか、字とかある?」
「あなたに考えて欲しい」
「え?僕が考えて良いの?じゃあ候補を出すよ」
「ありがとう」
そう言ってこれまでになく彼女は微笑んだ
「そんなに嬉しい?」
「うん、あなたが責任を感じて一生懸命考える姿が想像できて、すごく幸せ」
そう言ってまた笑った
「意地悪だ」
そう言って僕も笑った


「じいちゃんが、ぎりぎりひ孫が見られそうだって喜んでたよ」
もうお腹ははちきれんばかりに膨らんでいて心配だ
「そうね、会わせてあげられそうでよかった」
「名前の候補、できたんだけど聞く?」
「ううん、いい。この子が生まれてからでお願い」
披露するつもりでそわそわしていたのにがっかりだった
「ねえ、あなた。やっぱり最期の日、申請しない?」
「今頃?」
「うん。この子がお腹で大きくなっていくうちに思ったの。あなたのお爺さんのことも思ったの。成長していく姿を一緒に見届けられるように。一緒に年老いて終わりを迎えられるように。100歳きっかりなら良いと思ったんだけどだめかな?」
「悪くない提案だと思う」
そうして僕たちは同じ日を申請日にした

出産の予定日を4日過ぎて
彼女は入院した
この時代に稀な難産になり
分娩室には38時間立ち入ることができなかった
僕の人生で一番長く感じた38時間

そうして娘の産声を聞いて涙した

そして彼女がもう目を覚まさないことを知って涙した

事実だけが突きつけられた

生まれた命と失った命

自分が何で泣いているのかもわからなくなった

世界はモノクロになって
娘の声だけが光になってちかちかする

僕をこの世界に繋ぎ止めたのは
娘と彼女との約束だった
一緒に年老いて終わりを迎えられるように
申請は取り消せない
これ以上ない彼女の束縛だった

そして彼女に申し訳ないと思うくらい、それからの娘との時間はあたたかく幸せだった
じいちゃんは最後まで元気に暮らし、最大限娘を甘やかして去って行った
娘は反抗期もなく親孝行で、あっという間に大人になって彼氏ができ、結婚した
孫ができた
顔がそっくりな三つ子の男の子だった
4人目に女の子が生まれた
僕は孫たちとも楽しく過ごし絵に描いたように幸せだった
いつもここに彼女がいたらと想像しながら暮らした

4人目の孫が25歳になった時
かつて自分がじいちゃんにした質問をされた
「おじいちゃんは、最期の日ってもう決めてるの?」
とても懐かしいと思った
それからあの時の自分や、最期の日はいつにする?と言った彼女の姿が昨日のことのように感じられた
「決めてるよ。100歳きっかり」
「え?あと1年しかない、、!なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
「なんでも何も第二の成人前には言えないしなあ、、」
「後悔ない?、、、もしかしておばあちゃんは先に申請してたからいないの、、?」
「後悔ないね。体も元気だし、孫を4人も見れた。あと一年、最後まで元気でいられたらと思ってる。ばあちゃんも申請は一緒だよ。事故で先に逝ってしまったけどね。ばあちゃん以外のパートナーは考えつかなかったからね。」


たくさん並ぶカプセルの
自分の番号のところへ向かう
隣のカプセルは空のままロックされていたが律儀にも彼女のものだとわかった
申請取消しはできない、か。

彼女が隣で眠っている気がした
彼女がいなくなって72年。長かったのか短かったのか。けれど幸せだった
彼女がくれた幸せな時間だった

悪くない提案だった


#ピリオド

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