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「絵本」が助けてくれたんじゃない。読んでるあなた自身の力です。

絵本と子育ての関係を話すとき
「絵本」があなたの子育てを助けてくれます。
という表現がされることがある。

かくいう私も、マツコの知らない世界に出演の際には
「私にとって絵本は救世主だった」
という言い方をした。
(※救世主というワードは、私は普段の講演会などでは使用していない言葉です。番組スタッフさんが用意されたキャチフレーズ(フリップ)通りに使用したものです。テレビという媒体、番組の特性なども考慮すると、とてもわかりやすい表現ですし、結果的にこれで良かったと思っております。)

「絵本」が助けてくれたり
救世主になってくれるというのは
私の言いたいことを、うんと省略した
表現だということを説明したい。

結論からいうと
「絵本」が人を助けることはない
というのが私の持論です。



絵本をもとに仕事をするようになり
わかったことがある。
絵本は絵本の世界(絵本なんちゃらをしている人たちの世界)では、ものすごく神聖化され、崇められ、作家においては、神の域。

というような押し付けをしているのに
気がついてないのか?(な?)みたいな人や集まりが存在すること。
出版社や作家との距離が近いことが、さも自慢のような人もいる。
とにかく
絵本を語る上で絶対的1番が
「絵本」であるということ。



私にとっては、絵本は子育て中に在って
とても助けられた道具であり、
今では私の仕事の相棒でもある。

「道具」という言い方は、「ツール」というと
やや、癇に障り度が和らぐかもしれないが
それは印象の問題であって、本質的には
「道具」に違いない。

じゃあ、私が「道具」である絵本の存在を軽んじているかというと、そんなことはない。
「道具」という言葉だけを切り取り怒り狂うオバハンに反論する気はない。

でも、これを読んでくれているであろう
小さい子を育てるのに奮闘中のママ(や、パパ)には少し説明したい。


子育てをするようになると、親と子の間には
様々な「モノ」が存在するようになる。
そこには、どうしたって親の価値観が反映される。
ファッションセンスにこだわりのあるママの子は、やはりセンスいい服を着ているし、
自然食材にこだわる育児をしていれば、使う器も陶器や漆器を好み、プラスチック素材は選ばれない。
親自身が絵を描くことを大事に思えば、子どもが小さいうちから、紙や画材には糸目をつけず、たくさんの量を用意することが当たり前。(ケチケチしない)
音楽が好きなら、早く楽器に触れさせたいと小さいうちからピアノやギターをおもちゃとして楽しませている家庭も多い。


というように、家庭に存在する子育てにまつわる「モノ」は親のセンスをもろに反映する。
子どものいる家にどんな「モノ」を置くのかは
意識せずとも、価値観のもとに選びとっている。
それらの「モノ」は全て、子育て中に使用する道具。
道具は、そこに在る段階で選んだ人の気持ちが乗っているのだ。
だから、気持ちの乗りようによって大切にされる度合いが違ってきて、
なんとなく子どもに良さそうだ、という外部情報により存在したものは、大した価値も感じず、在るだけで使われなくなったり、使ってはいるけど特に好きでもない。
「モノ」は、お金を出せばどこにでも存在することはできるが、そこでどう使われるかにこそ価値がある。 

使われるから「道具」という言葉を用いている。
これまで、私が「モノ」と書いたところを
「絵本」に置き換えて読み直してみたら、
私の説明したいことは伝わるのかなと思う。


子どもが幼く、まだ自身で読みすすめることが難しい時期は、絵本という道具を子どものために、どのように使うかによって、その家庭での絵本の存在価値は違ってくるし、
その在りようが、子どもにとって幸せなものであることを望むので、私は絵本という「道具」の使い方について講演や講座をしている。

子どもの喜ぶ姿がイコール親の幸せでもあるので、
絵本という道具の使われ方はとても重要だと考えている。

「絵本を読んであげたら、うちの子がこんな発見をしたんです。
やっぱり絵本ってすごいですね!」
といったことを話すママ(パパ)がいますが、
すごいのは「絵本」ではない。
すごいのは、子どもと絵本を読んであげているママだ。
そして子どもだ。


「1日中、なんだか予定通り物事がすすまずイライラして子どもを感情的に怒ってしまった日、夜寝る前に絵本を読んだら、私のイライラも収まり、1日の終わりは穏やかな時間が持てた。絵本のおかげです。」
そんな気持ちを持つママはたくさんいると思います。

あえて、私は言いたいと思います。
「絵本」のおかげではない。
「あなた自身の力で、1日の終わりを穏やかに過ごすことができたのだ。」


私はママたちに、子育ては幸せであると実感しながら子育てをしてもらいたい。
幸せの実感が薄いママには、その実感を得る力をつけてもらいたい。


子育てに必要な「力」(知識や要領など)が他の人より劣っていると劣等感を持つママはとても多い。
どれだけの力をつけたら、自身が納得するのかは自身でしか満たすことはできない。


だけど、待ちよみ絵本講師の私の立場でママに言えることがあるとすれば、
子どもに絵本を読んであげているあなたは
すでに、幸せな時間を持つことのできる「力」を持っている。

絵本はあなたのことを助けてはくれないけれど、
絵本を選び、子どもに読むことのできる
あなた自身の「力」があなたを助ける。


たくさんのことができる優秀な親が子どもに必要なのではない。

子どもが本当に望むことは、優秀でなくても
ママ自身の「力」でできることがほとんどだと
私は思っている。
2020.10.25
待ちよみ絵本講師 内田早苗













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