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第一話 会社じゃねぇのよ、反社だよ


◆梨本調査事務所ビルの非常階段
 
 並んで夜景を見ている男女ふたりの後ろ姿。片方はスーツの中肉中背のいわゆるモブ顔男性(平)、女性(彼女)はロングヘアでワンピースだが顔は見えない。
 
平「俺たちが一緒に暮らすようになって、どのくらいだっけ。俺さ、君と一緒に暮らせて、本当に楽しかったよ」
彼女(幽霊)「……」
平「どーんなに遅く帰ってきても、なんなら完徹して会社に連泊しても、帰ったら、それだけで嬉しそうにしてくれてさ」
平「ああ、俺にもこんな優しい恋人ができたんだ。って」
彼女(幽霊)「うん」
平「でも、もう疲れちゃったね」
彼女(幽霊)「うん」
 
  ふたりが立っているのは、非常階段の手すりの向こうだった。
 平は泣きそうな顔で笑って、手を繋いでいる彼女(幽霊)を見る。
 はじめて読者にも彼女(幽霊)の顔が見えるが、真っ黒に塗りつぶされていて造作がわからない。
 
平「じゃあ、一緒に死のうか」
彼女(幽霊)「うん」
 
 その時、彼女(幽霊)の後ろ頭に、そっと傘が突き立てられる。
 瞬間、彼女(幽霊)の頭は、スイカが爆発するように弾ける。
 驚きすぎて声も出ず、呆然とする平。
 ぽかんとしたまま平が振り向くと、すぐ後ろ(手すりの向こう、踊り場)に傘を銃のように構えたやくざ風(アロハシャツ、Vネックのタンクトップ、サングラス)の男(百輔)が立っている。
 頭がはじけ飛んだ彼女(幽霊)、どろどろとタールのように融けていく。
 
平「×■▼子さん!!!!!」(名前は塗りつぶされていて見えない)
百輔「うっせぇな……俺の耳元で囁いていいのは美女だけだぜ」
平「え、え、ええ、え!?」
百輔「死にてえヤツは勝手に死ね。でもな、このビル事故物件にして一階の花屋の春子ちゃんが働けなくなったら責任とれんのか。雀荘帰りの最大の癒やしがなくなんだぞ」
平「ひ、人殺し……!」
百輔「誰も殺してねーだろうが。ぶっ殺すぞ」
平「わっ!」
 
 百輔、平の髪をつかみ、グイっと頭ごと、タール状の彼女(幽霊)に近づける。タールから顔が生えてくる。
 
百輔「それとも、お前のカノジョ、こんなツラしてんのか?」
彼女(幽霊)「いっしょに、シのう」
 
  半壊した彼女(幽霊)の顔。平はそのまま気絶する。
 
 
◆梨本調査事務所
 
 気絶したままの平だが、遠巻きに争う男たちの声に気がつき、目を開ける。
 百輔が、着物の男性(美鶴)に追いかけられて室内をぐるぐる駆け回っている。
 
百輔「だーかーらー、美鶴さん、オレの話聞いてってば!」
美鶴「うるさい、犬猫を拾うのはやめなさいと何回言えばわかるんですか」
百輔「痛っ、痛っ、ヒマラヤの岩塩投げないで! せめて普通の塩にして! 痛いって! 物理だって! 痛い!!!」
平(……な、なにあれ……てか、ここ、どこ?)
 
  見知らぬ場所、顔をぬぐおうとすると、手のひらに真っ黒い女の指が巻き付いていることに気づく。
 
平「ひぃ」
百輔「あ、起きた」
美鶴「(平の方へ歩いてきて)──失礼」
 
 美鶴は袂から一本の榊を取り出し、ぶつぶつと何かを言ってから平の腕を撫でる。
 黒い女の指は、一瞬で消える。
 平が驚いてよくよく手を見ようと下を向こうとすると、先ほどの榊で顎をくいっと押し上げられる。
 
美鶴「顔を上げていなさい。今のあなたは、魔なるものに魅入られ易い」
平「ど、どういう……」
美鶴「あなたは今、泥棒だらけの街でセキュリティーシステムが全滅したタワマンです」
平「た、タワマン!?」
美鶴「幽霊が取り憑き放題の状態で、今も列をなしてるってことですよ」

 美鶴が入口関係(ドア、窓、換気扇)すべてにお札を張り、中心に榊を置く。

美鶴「結界を張ります。その間は顔を上げていなさい。俯けば、また入りますよ」
 
 美鶴、平と百輔を並んで正座させ、自分はその前に正座する。
 全員、しばし沈黙。
 三人顔を見合わせているが、平は百輔の後ろで開いている金庫が気になる。
 
平(金庫がフルオープン……)
平(カレンダーは3年前……の12月……)
 
 平の後ろに幻覚の先輩たちが生えてくる。
 
先輩A「おい、お前、鍵ちゃんとかけろって言ったよなぁ!」
先輩B「カレンダーもかえれないとか、マジ無能」
先輩C「呼吸しないでくれる? もっとできるようになってから、酸素使えよな」
 
 平の呼吸が荒くなる。美鶴がまた榊を出して、平の額をぺしりとたたく。先輩たちは霧散し、平の呼吸も落ち着く。
 
美鶴「この榊を持って、ずっと上を向いていなさい」
平「え……え?」
百輔「だから、俯くんじゃねえよ」
 
 百輔が後ろから平の髪をつかんで、顔を上げさせる。
 
百輔「すげーな、お前、中から悪霊生やしてんのか? さすがセキュリティ全滅タワマン。俯いたら終わり、ってな」
美鶴「……結界の向こうにも集まってきてますね」
 
 事務所の扉を外側からひっかく音がする。平はびくつく。
 
平「お、おれ……悪霊なんて知りません……」
百輔「んじゃあ、あの女は? お前が一緒に死のうとした女。あれが悪霊じゃないならなんだよ、妖怪タール女か?」
平「タール女じゃないです! 彼女は……彼女の名前は……」
 
 平は彼女(幽霊)を思い出そうとするが、顔と名前を思い出せないことに気が付く。
 
平M(覚えて……ない……おれは、あの子をなんて呼んでた……?)
 
 名前を思い出そうとすると、さらに彼女の輪郭がぼやけていく。微笑む彼女(幽霊)の口元がぐにゃりと歪む。
 突然、横から顔をひっぱたかれる。
 
百輔「はい、意識トばすな、飲み込まれるぞ」
平「へ……?」
百輔「こりゃぁ消えてねーな。頭ぁ潰しゃあ散るかと思ったんだが」
 
 百輔の過去回想。

 雀荘帰りの百輔が、「勝った勝った」とご機嫌で帰宅する。なんだか、小さな幽霊とかがふよふよしていて滅茶苦茶目障り。舌打ちをして手に持っていた傘で薙ぎ払いながら歩いていると、非常階段の平が真っ黒い触手に包まれているのを見た。

 現在に戻る。
 
百輔「ああ、ありゃ落とされんなと思って、黒い塊ぶっ壊したわけ。お前には人殺しってののしられたけどな」
平「黒い塊……? い、意味が分からない、あ、あなたたちは何者なんですか、……確かに、人のビルで自殺しようとしたのは悪かったです、でも、だからって、黒い塊ってなんだよ、彼女は、彼女を、俺の彼女は、あんたに殺されたんだ!!」

 興奮し、百輔に詰め寄る平。

百輔「だー! ピーピーピーピーうるせえな! こちとらプロだぞ、黙っとけ!」
平「ぷ、プロってなんの!!!」
百輔「ああ? 拝み屋だよ、お・が・み・や! 梨本調査事務所つったら、その道では有名なんだよ!! 俺が所長の梨本百輔、あっちが副所長の稲垣美鶴だ、覚えとけ!!」

 百輔、事務所の窓に貼られた、雑な看板「梨本調査事務所」を指さす。
 
平M(拝み屋……?)
 
 平の視点は、窓の看板、散らかった机、散乱したレシートや領収書(あて名は空白)、異様にきれいな神棚を見る。
 そして、アロハの百輔と着物姿の美鶴を見る。
 平の後ろに幻覚の先輩たちが生えてくる。
 
先輩A「お前、本当に単純だな。騙されてるに決まってるだろ」
先輩B「ばっかじゃないの、自分の彼女も信頼できないで」
先輩C「あーあ、これだから、自分で考える脳のない奴はさ」
 
平M(俺は……、俺は……)

百輔「俺たちが信用できないなら、信用しなくてもいい。勝手に首突っ込んだのは俺だしな。ただ、このままじゃお前は死ぬ。本気で死にたいのか?」

 平、歪んだ引きつり笑いで百輔を見る。

平「し、死にたいに決まってるじゃないですか!!」
 
 社畜としての追い詰められた日々のカットバック。終わらない仕事、無茶振りされる業務、先輩たちのあざけり。
 
先輩A「こんなこともできねえなんて、お前、もう人間やめちゃえば?」
 
 笑い声。
 
平「俺は、生きてる価値なんて……ないんだ……」(泣き始める)
美鶴「(小声で)あーあ、泣かせた」
百輔「(小声で)え、俺が悪いの?」
美鶴「ま、下の事務所にいた僕も、タールちゃんの気配には気付きませんでしたからね。ほんとに幽霊じゃなかった可能性も……」
百輔「おい、お前まで梯子外すんじゃねえ!! このビルが事故物件になったら、一番困るのはオーナーのお前だろうが!! 俺は美鶴さんのことを思ってだなあ!!」
美鶴「はいはい。ほんとは春子ちゃんのことしか考えてないくせに、気色悪いこと言わないで結構です。……とにかく」
 
 美鶴、平のそばにやってきて、そっと肩をたたく。
 
美鶴「今日は一度帰って、ゆっくり過ごしなさい。一旦、落ち着いた方がいい」
平「……」
美鶴「送りますよ」
 
 平はこくりとうなずき、のろのろと脱いでいたスーツのジャケットにそでを通す。
 百輔が慌てて美鶴に話しかける。
 
百輔「(小声で)って、帰したら危ないだろ!」
美鶴「(小声で)だからですよ」
 
 美鶴は狐のように笑う。
 

◆平のアパート・共用部
 
 四階建ての古めのアパート(エレベーターなし)。
 アパートの外階段を、平が上がっていく。その後ろを不機嫌そうな百輔、涼やかな美鶴が並んでのぼっていく。
 
平「……俺ひとりで、帰れるのに……」
百輔「うるせーな」
美鶴「まぁまぁ、お見送りだと思って。彼は口も柄も悪いですけど、悪い人間ではありませんから」
 
 階が上がるごとに、顔色が悪くなってくる平。階段をのぼるため自然と「俯いて」しまう。
 
平M(今日から、もう俺はひとりなのかな……彼女は、もういないのかな……本当に?)
 
 いつも帰宅すると待っている彼女(幽霊)を思い出す平。しかし彼女(幽霊)の顔は不鮮明だし、名前もわからないまま。それでも、恋しさが募る平。
 四階の平の部屋の前に行くと、百輔と美鶴は異変に気が付く。
 
百輔「っ!!!???」
 
 部屋のドアの隙間から、黒い触手のようなものが百輔に向かって勢いよく伸びてくる。
 百輔が急いで手を伸ばすが、平は自分から触手のほうにふらりと踏み出す。
 
平「なんだ、先に帰ってたんだ」

 平、心底安堵したような顔。

平「×■▼子さん……ただいま」(名前は塗りつぶされていて見えない)
百輔「こンの! 馬鹿野郎!!」
 
 百輔の手から奪うように、触手は平をからめとり、室内に消える。
 
美鶴「あなたが祓って、まだこれだけしっかり残ってるってことですか……怪しいですね」
百輔「……ぶっ殺す」
美鶴「死んでますけど」
百輔「うるせぇ! 死んでても、死ぬまで、殺せば、死ぬんだよ!!」
 
 そういって、百輔は扉を蹴り飛ばす。

 
◆平のアパート・自室
 
 手前に廊下、台所と水回り。奥に八畳程度の居室(洋室)があるワンルーム。
 百輔と美鶴が踏み込むと、居室の真ん中に黒い物体がいる。物体は部屋の半分ほどを埋める大きさで、てっぺんは天井に届くくらい。全身から生えた触手で平を抱えて飲み込もうとしている。
 
百輔「美鶴さん、あのバカ、ちゃんとキャッチしてね」
美鶴「もちろん」
 
 百輔は意識を失っている平の襟首をつかみ、黒い物体に半分埋まっている体を引っ張り出す。
 ブチブチブチとちぎれる触手、黒い物体は大きくバランスを崩す。
 百輔が、ポイと平をベッドの方向に投げ、美鶴がキャッチする。
 美鶴は素早く袂から札を出し、勢いよくベッドの上に結界を張る。
 平を追うように伸びていた黒い触手は結界ではじかれる。
 
百輔「久しぶり~タールちゃん、髪切った? 似合ってるよ。──ぜってぇ潰す」
 
 百輔の表情が変わり、無表情で殴りつける。
 平は結界の中で、目を覚ます。
 
平「わっ! な、なんですか、これ!!」
美鶴「あなたの恋人ですよ。僕は初めてお会いしますが、少々前衛的なセンスをお持ちですね」
平「う、うそだ……!」
百輔「目ぇそらすな! ちゃんと見てみろ。お前を殺そうとした女のツラ、しっかり覚えとけ!」
 
 平が真っ青になって、のしかかってくる黒い物体(彼女)を見上げている。
 
百輔「こいつはお前の孤独をエサにしてたんだよ。彼女のふりしてくっついて、お前の運気を吸って孤立させて、自分に依存させてよぉ。終いにゃお前まで喰うんだと。絶望でぱんぱんになったお前は、美味いんだろうなあ?」
平「俺……俺……」
百輔「あ?」
 
 百輔は彼女(幽霊)の背中の上を駆け上がり、頭を踏みつける。
 彼女(幽霊)の顔が、美鶴の張った結界にぶつかる。結界に触れた顔から煙があがり、彼女(幽霊)は苦しそうにうめき声をあげ、身じろぎする。
 
彼女(幽霊)「ぐぅ……グギギ……」
百輔「何とか言えよ、おい、平。どっかで気付いてたんだろ?」
彼女(幽霊)「あ、あが……」
 
 彼女(幽霊)、目らしき場所から、ぼろぼろと涙を零している。
 
 平、過去回想。
 会社でぼろぼろになり、終電で帰ってくる平。
 家の中に見知らぬ彼女(幽霊)がいるのを発見する。この子は誰だろう、どうしてここに? 驚く平。彼女(幽霊)は振り返り、平に「おかえり、がんばったね」とほほ笑む。
 その瞬間、平は泣き崩れる。彼女(幽霊)の言葉と存在は、平が最も求めていたものだった。わけがわからないまま、彼女(幽霊)を受け入れる平。
 季節が廻り、平はどんどんやつれていくが、毎日楽しそうにケーキやお花を買って帰ってくる。逆に彼女(幽霊)はどんどん生き生きとしてくる。
 
彼女(幽霊)(過去)「おかえり」「お疲れ様」「がんばってるね」「ありがとう」「一緒だよ」
 
 回想終わり、現在に戻る。

 現在の真っ黒く変化した彼女(幽霊)を見上げる平。
 
平「俺は……君がいてくれて、幸せだった」
彼女(幽霊)「一緒ニ死の、ウ」
平「君がいなかったら、もっと早くに死んでたよ、だって、俺、バカな社畜だもん、いいように使われて、どんどんすり減って。でも、君がいてくれたから、ここまでこられた。ありがとう」
 
 彼女(幽霊)は少し不思議そうな様子で平を見る。
 美鶴は「ふ」と短く笑った。
 
美鶴「……君には、彼女は人と同じか」
平「……分かりません、でも、俺を助けてくれたのは嘘じゃない……俺は彼女がいてくれて、本当に良かった……」
百輔「……」
 
 百輔はバツが悪そうな顔で、彼女(幽霊)と平を交互に見る。
 
平「俺を助けてくれて、ひとりにしないでくれて、ありがとう」
 
 平の言葉に、彼女(幽霊)はよろよろと結界から下がる。ぐずぐずと体の隅から崩れていく。
 
百輔「あ!? なんだ!?」
美鶴「百輔、後ろ」
百輔「ああ!?」
 
 美鶴に言われて振り向けば、壁から何本もの赤い糸が伸びてくるさまが見える。真っ直ぐに伸びた糸は、彼女(幽霊)の黒い体にぐるぐると巻き付く。
 糸が引き絞られると、黒い物体は次第に、かつて平の前に現れたばかりのころの姿に戻っていく。彼女(幽霊)は怯えた様子で、平にすがるような顔を向けている。
 
彼女(幽霊)「たすけて……」
平「……え?」
 
 彼女(幽霊)は手を平に向かって伸ばす。糸が完全に引き絞られ、まるでゆで卵を切るように彼女(幽霊)は切断、血しぶきのように黒い液体をまき散らして、消える。
 赤い糸はしゅるしゅると壁に戻っていくが、最後、糸の端がカーテンに触れ、一気に燃える。
 
百輔「てぇ! 派手にやってくれんじゃねえか!!!」
美鶴「逃げますよ」
平「え!? え!? えええーーーーー!?!?!」
 

◆梨本調査事務所
 
 テレビの画面が映っている。朝のニュースキャスターが淡々とニュースを読み上げている。
 
アナウンサー「◆市で起きた住宅火災は鎮火しました。消防は出火の原因を慎重に調査するとのことです。煙を吸った住人が複数搬送されましたが、全員軽症だそうです。次のニュースです」
 
 百輔はソファに座ってテレビを消し、リモコンを床に投げる。
 百輔の向かいのソファでは、平がうなだれている。
 美鶴が三人分のお茶を運んでくる。
 
美鶴「平くん、顔を上げていなさい。霊が近づいてきますよ」
平「……別にいいです」
美鶴「やぶれかぶれですね……」

 美鶴、センターテーブルにお茶を置き、平の隣に座る。
 平、どうにか顔を上げる。

平「彼女は……消えたんですか?」
百輔「自分の家が燃えたってのに、よく他人の心配なんてできんな」
平「だ、だって……、最後、すごく悲しそうにしてた……『たすけて』って俺に……」
百輔「お前を殺そうとした相手だぞ。凶器持った殺人犯助けようとすんじゃねえ!!」
美鶴「まぁまぁ、結果的に彼は無事で、元凶は除霊されたんですから、よしとしましょうよ」

 百輔、憮然としてソファの背もたれにもたれかかる。

百輔「こっちはすっきりしねぇ……」
美鶴「平くんには休養が必要です。職場でも異常に追い詰められていたようですし」
平「うっ」
美鶴「長い間憑着されていて体力もなくなっている」
平「ううっ」
美鶴「その上に家が燃えて、恋人だと思っていた女性は実は幽霊だった……」
平「うううう……」
美鶴「これ以上は酷ですよ」
百輔「家なし職なし女なしってことか!」
平「わああああああああああ」

 頭を抱える平。
 美鶴、平然と茶を飲む。

美鶴「まぁ、こうなった原因は百輔にもある気がしますし、仮眠用の布団もありますし、落ち着くまでここで暮らすのがいいでしょうね」

平「ううう……って、へ……?」
百輔「はぁ!?」

 平、百輔、顔を上げる。

美鶴「ただの女性の霊をあんなにすくすく育てるなんて、タワマンの上に最強のブリーダーですよ。これからもじゃんじゃん狙われることでしょう。置いておくだけで仕事は入れ食い。野ざらしにしておくのはもった……平くんが危ないです!!」
百輔M(勿体ないって言おうとしてたな……)
平「で、でも、仕事が……」

 美鶴、平の手をとって優しく微笑む。

美鶴「今の会社なんて辞めておしまいなさい。退職届を書いて、行かなければいいんですから」
平「お、お、お金……」

 美鶴、平の手を振り払って立ち上がる。

美鶴「まずはゆっくりと過ごしなさい。体制を整えて、それからですよ。──ほら、百輔、布団を取ってきましょう」

 美鶴、百輔を隣の部屋(納戸)に蹴り入れる。

百輔「美鶴さん、本気?! あの布団、俺のとっておきなんだけど~~!?」

 美鶴、納戸のドアを閉め、すっと深刻な顔になる。

美鶴「平くんがいれば、仮眠する暇なんかありませんよ。それに、今日の霊は明らかに『あの子』が呼んだ霊でしょう」

 百輔、『あの子』と言われて、はっとする。
 
美鶴「じゃなきゃ、あんなに育つわけもないし、最後の始末も霊らしくありません、あれは統一された意思がある」
百輔「……でも、危険すぎるだろ。『あの子』が呼ぶ霊を集めるところに、霊力も何もない一般人を置くなんて」
美鶴「僕とあなたで守ればいいんですよ、百輔。忘れてはいけません、あなたは『あの子』を止めたくて、この事務所をやっているんでしょう?」
百輔「……」
美鶴「ほら、平くんの布団の用意を。私はもう少し結界を厚くしておきますから」
百輔「分かった」
 
×××
 
 百輔が納戸から事務所室内へ、客用布団(高級)を持ってくる。
 部屋の隅にドンと客用布団を置くと、ひらりとひらりと何枚も領収書が落ちてくる。日付はばらばらどころか年が違う。その上に督促状も落ちてくる。
 呆然とした平がそれを見る。
 
平「……………………」
百輔「あー。それいらねえから捨てといて」
平「いら……ない?」
百輔「うん、いらねー」
平「い、いりますよ……! だ、だって、これ、領収書……! 原本ですよ、期末に困りませんか?! 帳簿つけるのに絶対使いますよ?!」
百輔「……?」
 
 何言ってんだ、みたいな顔をしている百輔に、平は周囲を見渡す。
 雑然とした事務所の様子が、さらに目に入る。督促状、段ボールの中に入りっぱなしの請求書……、ファイルらしいものは何一つない。
 平の目にみるみる生気が戻る。
 
平「百輔さんあなた、所長なんですよね? 雇用されてるんですか? 雇用契約書は?」
百輔「え、お前なんで元気になってんの? またなんか取り憑かれたのか?」
平「いいから、答えて下さい。この事務所の締め日はいつですか、現金の出納帳はつけてるんですか、会社の登記簿を見せて下さい!!!!!!」
百輔「お、おいどうしたんだよ! 何言ってんだコイツ!?」
美鶴「結界の強化が終わりましたよ、何騒いでるんですか?」

 結界を張り終えた美鶴、通販で購入したらしい包みを持っている。

平「美鶴さん!!! その荷物、品目はなんですか!!!?????」
美鶴「え、これは除霊用具で…………」
平「領収書はとってあるんですか、支払いは売り掛けですか、現金ですか!!???」
百輔「……え、キモ……マジなに?」

 鬼の形相をした平、帳簿という帳簿を開き、その白紙ぶりにうなだれる。

平「……こ、こんなの事務所じゃない」
百輔「あ?」
平「こ、こんなところ事務所じゃない! こんなずさんな経営なんて、会社じゃなくて、反社です!!!!!」
 
 叫ぶ平。百輔は枕を掴んで「うううううううるせえ!!!!」と平の顔に叩きつける。レシートが舞う。
 

◆平のアパート前(火災後)
 
 晴天だというのに傘を差した少女(姫架)(長いウェーブした髪、白いワンピース、ハイヒール、清楚系のお嬢さまな装い)。
 姫架は微笑みながら、アパートを見上げていた。しばらくして、踵を返す。立ち去る姫架はいつの間にか消える、そして、最後、彼女(幽霊)を断ち切った赤い糸と同じ糸が、姫架からひらりと舞う。
 
第一話 了
 


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