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第二話 レシートの感熱紙部分を外側に折るやつは死刑

◆梨本調査事務所

 朝、美鶴が事務所に顔を出す。

美鶴「~♪ おや……?」

 ドアに手をかけると鋭くなる視線。シリアスな顔で。

美鶴(この気配……何者!?)

 バッと扉をあけると、部屋中にまきあがるレシート。

平「うわあああああああああああああああああ三年分のレシートがあああああああ」
美鶴「レシート……?」
百輔「美鶴さんおはよーさん。なに朝から騒いでんの?」
美鶴「騒いでるのはわたしではありませんよ」
平「ぜんぶっっっ並べたんですよ!!! 月ごとに、科目ごとに……!!!!!」
 
 整理された事務所の中央で、平がさめざめと泣いている。どうやら殺気を出しながら大量の領収書を仕分けしていたらしい。ふたりはピンとこない。

美鶴「なにか悲しいことがあったんですね……」
百輔「元気だせ。本日バカ勝ちした俺が朝飯をおごってやるからさ!」

 ビニール袋をテーブルの上に置く。
 カッと平が目を開き、百輔に飛びかかる。

平「レシート……レシートをだせええええええええ!!!」
百輔「あ、もらうの忘れた」
平「……」(ジト目)
百輔「だーっ、悪かったよ!!! もらやーいいんだろ!!!!!!! 雀荘のレシートも!」
平「遊興費は家事消費ッッッ、経費に入りませんッ!!」
美鶴「まあまあ、元気になったようでよかったです。事務所もこんなに片付いて。労働には対価を払わないと。お給料が必要ですね」

 懐から財布を出す美鶴。平、ぎゅんっと振り返る。

平「それは外注ですか!? 常勤!? 雇用契約書は!? 労災とか、社会保険とかッ!」
美鶴「んんーーー??」

 平、すごい迫力で美鶴を睨む。

平「副所長も、ちょっとそこに座ってください」
美鶴「……は、はい」

 百輔、美鶴、並んでソファに座る。平、床に座ってふたりと向き合う。

平「事務仕事の基本は分別です。このレシートは何費なのか、帳簿のどこにつけるのか。情報を分別することからすべてが始まるんです。おふたりに足りないのはその意識です!!」

 平、百輔を指さす。

平「私生活と仕事の分別もテキトー!!」

 平、美鶴を指さす。

平「お金の出所もテキトー!!」
平「つまり、あなたたちは、会社じゃなくッ反社ッ……!!」

 平が怒鳴っているうちに、扉の向こうから声がかかる。

宮崎「は、反社……!?」
百輔「あ……?」
美鶴「おや、お客様ですか。どうぞ。お入りください」

 平から逃れられる、と、ほっとした顔の美鶴と百輔。
 平、慌てて扉に駆け寄り、開いてやる。
 現れたのは依頼人、宮崎(体育会系の高校生、制服、体格はいいがクマが濃く、顔色が悪い)。

平「すみません、反社っていうのはものの喩えで……って、病院とかに行ったほうがいいんじゃないですか?!」
百輔「お前もこの間、こんな顔だったけど」
平「えっ」

 宮崎、ソファに座る。向かいに百輔と美鶴が座り、平がお茶を出す。

宮崎「その、気づいたのは最近なんですが、私の家に幽霊がいるみたいで」
百輔「幽霊」
宮崎「はい……夜中になるとぶつぶつ女の声が聞こえるんです……声に気づいたら、夜中に歩く音とかも聞こえてきて……」
平M(……それでこんな状態なんだ、眠れないもんな……)
宮崎「気にしないように……って思ってたんですが……もう限界で」
美鶴「かなり弱ってきていますね……お辛いでしょう、体」
宮崎「はい……正直、体がすごく重くて……」

 百輔が立ち上がり、宮崎を見下ろす。

百輔「まずは家を見せてください」
宮崎「え、あの……料金は……」
百輔「(にっこり笑って)うちはお気持ちでいただいてるんで」
美鶴「この人、相手が女性なら笑顔ひとつで済ませたこともありますからね」
百輔「美女の笑顔はプライスレス! ってのは冗談として、結構切羽詰まってるみたいだから、まず、問題解決しましょ」
宮崎「あ、ありがとうございます……」

 宮崎は頭を下げる。美鶴は出かける準備のために立ち上がる。平が慌てて声をかける。

平「(小声で)あの、依頼、受けるんですか?」
美鶴「(小声で)ええ、どうやら、僕向けの依頼のようですしね」
平「(小声で)副所長向け?」
美鶴「(小声で)そういう分別はできるんです。平くん、申し訳ないのですが、これを調べてください」

 美鶴は近くのメモに何かを書きつけて、平に渡す。

◆郊外の戸建て

 一般的な分譲住宅。郵便受けから封筒がはみ出している(クローズアップはしない)
 2階に上がると、一番奥の部屋を宮崎は指し示す。

宮崎「幽霊が出るのは、あの部屋です」
百輔「なるほどね」
平M(空気が重くて……家の中がすごく暗い……)

 部屋の方から、がさ……ごそ……と音がする。

平「ひっ」

 平がびくつくのを、百輔が肩を組んで抑える。

百輔「安心しろ、平」
平「あああ安心って……あ、あの部屋から音が……」
百輔「したな」
平「ひぃ……」

 宮崎の顔もこわばっている。
 百輔、余裕の顔で美鶴を見る。

百輔「あいつのお手並みでも見てな」
美鶴「では、準備をはじめますね」
宮崎「お願いします」

 宮崎が、美鶴に道を開けるため、一歩下がる(足音なし)。
 美鶴、袂から3枚の札を取り出し、胸の前で構える。

美鶴「除霊とは、この世とあの世の線を引くこと。この世にあるべきものをこの世にとどめ、あの世にあるべきものを送り届ける。黄泉送りために必要なのは――」

 美鶴、札を持っていないほうの手で、一本ずつ指を立てていく。

美鶴「ひとつ、送る者の名前。ふたつ、送る者の没年日。みっつ、送る者の未練。この3つが明らかになったとき、現世との偽りの糸はちぎれます」
宮崎「3つ、ですか。難しいですね」
美鶴「いいえ。ふたつはもうわかっていますよ」
宮崎「えっ?」
美鶴「あなたの名は、宮崎哉太さん」

 美鶴が宮崎の名を呼ぶと、美鶴の持つ札の1枚が真っ赤に染まる。

平「ひっ……!?」
宮崎「え? わ、たし……?」
美鶴「覚えていらっしゃいませんか、N高3年、先月七日に事故にあった宮崎さん」

 宮崎の身元を言うと、美鶴の札の二枚目が真っ赤になる。
 美鶴、きれいに微笑む。

美鶴「あなたは、ひと月前に亡くなっています」
平「!? あっ……!」

 平、はっとしてついさっきのことを思い出す。
 事務所で美鶴に頼まれた調べもののメモには、『1ヶ月前あたりに、町内で交通事故死した男性の名前を新聞データベースで調べること』とあった。
 平は必死にリストアップ。リストの中に『宮崎哉太』の名前がある。

宮崎「え……? え?」
美鶴「平君は思い込みが強いから騙せたでしょうが、僕の目は騙せません。事務所に来た時点であなた、頭がぱっくり割れてましたよ。あの割れ方は交通事故。存在感の薄さからして死後1ヶ月前後。制服からして町内の人間である可能性は高かった。当たってよかったです」
宮崎「な……何を言ってるんだ、あなたは!! 適当なことを言ってると、怒りますよ!!」

 宮崎、怒りの表情になる。段々と顔が崩れ、頭が割れた異常な姿に。そのまま怒りに駆られて美鶴につかみかかる。

平「副所長!! 所長、副所長が……!!」

 平、百輔に助けを求める。百輔、悠々としている。

百輔「言ったろうが。これはあいつの仕事だって」

 美鶴、微笑んだまま宮崎に掴みかかられる。宮崎から黒いもやが出てきて美鶴を包みこみ、壁にたたき付ける。
 騒がしい音に、奥の部屋の扉が開く。暗い影をまとった女(素子)が現れる。かさかさ、という音。

平「ひいっ!!」

 後田に気付いて叫ぶ平。すっかり素子を幽霊だと思っている。
 後田、平たちを見てぎょっとする。

素子「えっ!? あなたたち、何……?」
宮崎「素子……? え!? その部屋にいたのは、幽霊だったんじゃ……」

 宮崎、人間の形に戻る。後田、宮崎の顔を見て、ぼろぼろと泣き始める。

素子「宮崎……? 嘘……嘘……ほんとに、来てくれたの……? あたしの家の、片付けに……」
宮崎「あたしの、家?」

 素子の背後には、ゴミがぎっしり詰まった部屋が見えている。
 カサカサッという音と共に出てくるのは、ゴキブリ。
 

◆宮崎の回想

宮崎「大丈夫だって。俺が手伝うから。きっと今度こそ全部きれいにして、外に出られるって」

 宮崎、スマホで話しながら暗い道を歩いている。

宮崎「猫って虹の橋ってのを渡るんだろ? クロは向こうで待っててくれる。だから、素子は外に出るんだ。な?」 

 片手には掃除用具を入れた大きなトートバッグ。

宮崎「大丈夫だ。……好きだよ、素子」

 はにかみながら言う宮崎。
 その時、後ろからヘッドライト、宮崎は驚いて振り返る。ブラックアウト、衝突音。

◆郊外の戸建て

 先ほどまでの戸建て。後田、という表札が見える。

百輔「……で? どーして俺たちがゴミ部屋掃除してるわけ?」

 憮然とする百輔。美鶴、平、必死に素子の部屋を掃除している。
 素子と宮崎は泣きながら部屋の隅で抱き合っている。

宮崎「素子……ごめんね」
後田「宮崎……! あ、あたしの、あたしのせいで……」

 ふたりを眺めつつ、美鶴はゴミ袋にゴミを突っこむ。 

美鶴「未練の中身は、思い人のゴミ部屋。これで宮崎くんの黄泉送りは完成しますが──平くんの言った通りなのかもしれませんね」
平「えっ、俺!?」
美鶴「事務仕事だけじゃなく、生きていくってことは、あらゆることを分別して、片付けていくことなのかもしれないな、と思ったんです」
平「副所長……」
美鶴「もしかしたら除霊だって、そうなのかもしれません。分別は大事です」
百輔「そんなに大事かねぇ、分別、……ッ!!」

 百輔、ゴミの中から糸くずを見つけ、血相を変えてつまみ取る。よくよく見るが、目当てのものではなかったようだ。舌打ちをして、捨てる。

第2話了


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