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第三話 殴って怪我した拳は名誉の負傷じゃなくて労災です

◆梨本調査事務所

 平は帳簿を見下ろしている。

平M(この数週間、俺は人生で一番頑張った……そう、この帳簿を作るために)

 梨本調査事務所 帳簿 と書かれたファイルが年度ごとに並んでいる。

平「俺は!! 自分をほめてあげたい!!」
百輔「お前、ずーっとパソコンとか帳簿とか見てるけど、飽きねーの?」
平「事務は飽きるとか飽きないとかじゃないんですよ、必要なんです……!」
百輔「ふーん? まぁ、好きにやってくれよ、美鶴さんがお前に頼むって決めたみたいだし」
平「好きにはやりません、法令遵守でやります」

 百輔は、うんざりした様子でソファに寝転がる。美鶴は机で札を書いている。 平がそう尋ねた時、ノックの音がする。そして、着物姿の女性(日葵)(大きな風呂敷包みを引きずっている)が入ってくる。その女性を見て、百輔は起き上がり、美鶴は手を止める。

日葵「ごきげんよう、みなさま」
美鶴「日葵さん……? いきなりどうしたんです?」
日葵「ああっ……」(その場で崩れ落ちる)
平「えっ!? ええ!? だ、大丈夫ですか?!」
日葵「大丈夫ですわ……今日も美鶴さんがお美しすぎるだけですから……!」
平「!?」
美鶴「日葵さん、平くんが驚いているよ、自己紹介をしてあげて」

 日葵は胸を抑えながら立ち上がる。そして、平に体を向ける。

日葵「わたくしは堂本日葵と申します。よろしくお見知りおきをくださいませ」
平「あ、ご丁寧にどうも……、鈴木平と申します」
百輔「こいつ、いろいろあって、うちで面倒見てるんだわ」

 日葵は「まぁ」と呟きながら、袂で口を抑えて、平をさぁっと見る。

日葵「そうですわね、この方は美鶴さまのそばにいた方が、よろしいと思いますわ」
平「え……?」
日葵「そこの方は、もうおかえりなさい。鈴木さんはあなたを救うことはできませんわ」

 平の肩をぽんぽんと払う日葵。戸惑う平に、にっこりと微笑んで見せる。平、肩が軽くなって、日葵と自分の肩を見比べる。

日葵「お気をつけてくださいまし、あなたは随分と霊に好かれやすいようです」
美鶴「日葵さんが見てもそう見えるなら、やっぱりそうなんだね」
日葵「ああ、美鶴さん、わたくしの目をそんなに信頼してくださって……!?」(よろよろと座り込む)
平「?!」
百輔「気にすんな、そのうち慣れる。日葵は美鶴さんのキモオ……大ファンなんだよ」

 日葵と美鶴のやり取りに、平はだらだらと汗が出てくる。

平M(この人、めっちゃ美人だけど、すげー変だ……)
平「え、えーと……この方は……同業者の方????」
美鶴「ええ、霊媒です。僕たちが一番信頼している。そして、僕の婚約者だよ」
平「ええええええええ!? こ、婚約者?!?!?!」

 日葵は照れているが、美鶴は何も思っていないようにさっぱりとしている。

美鶴「家同士が勝手に決めたんだけどね」
平「……え? い、家同士が決めたって……」
百輔「分かるだろ、この歳でビルを持ってるんだから、美鶴さん。ハイパー金持ち。俺たちと住む世界が違うんだよ」
日葵「そのような言い方、品がありませんわ、百輔さん」

 日葵、百輔には少し素っ気ない。平には礼儀正しい愛想笑いを向ける。

日葵「鈴木さんは、小延家をご存じですか?」
平「小延家って……まさか、政治家の? 前総理大臣を輩出して、今は息子が跡を継いで、若手議員の代表格として大人気の小延家です……!? え? 美鶴さんとどんな関係が?」
美鶴「僕の実家、先祖代々小延家にお仕えしてる術師なんだよ」
日葵「ふふ、稲垣の術はとても美しいと聞いておりますわ。いつか秘伝の術も拝見させていただきたいです」
平「へ、へー(引いてる)」
百輔「あ、お前、信じてねえだろ。この人たちの術にかかれば、誰にもわかんない死因で暗殺されんぞ」
平「あ、暗殺、まさか……」
百輔「その報酬が、とんでもねー額の富ってわけ」
美鶴「まぁ、今の稲垣の家を継いでいるのは父と兄です、末息子の僕は自由の身、こうやって百輔くんと好き勝手に生きているんですよ」
平「……は、はぁ……」
平M(っていうか、やっぱりそんな由緒正しいお家柄の副所長と、乱暴者の所長の組み合わせが解せないんだが……? どうして事務所なんて一緒にやってるんだろう)

百輔「って、日葵はどうしたの? 珍しーじゃん、いつも連絡してからくるのに」
日葵「あら、ここは美鶴さまの持ちビルです、あなたに連絡が要りまして?」
日葵「美鶴さまのおかげでご自分が生きていること、お忘れないように。だいたい(美鶴のすばらしさを語りつづける)」
平「(小声で)……って所長、怒らないんですか!? 言いたい放題言われて!」
百輔「つうて、日葵が言ってることも本当のことだしな~」
平「本当のこと?」
百輔「そう。副所長がいなかったら死んでた」

 百輔、事もなげに言う。平、呆気にとられつつ、どこか憧れるような顔で百輔を見る。平にはまだ、そんな濃い関係の相手がいないので。

美鶴「やめなさい、人間誰だっていずれは死ぬんですよ。日葵も、あんまりトゲトゲすると追い出しますよ」
日葵「申し訳ございません。貝のように黙りますわ」
美鶴「黙る前に、この荷物の正体を言って欲しいな」

 美鶴、嫌そうな顔で日葵が持ってきた風呂敷包みを見る。

日葵「そうでした。こちらを見ていただきたくて来たのです」

 日葵が包を開ける。風呂敷の内側には大量の呪文が書かれ、壺が包まれていた。
 急におどろおどろしい空気が流れる。

平「こ、これ、な、なんですか?」
日葵「呪われた壺ですわ」
平「なるほど、呪われた壺……って呪われた!?」
日葵「ええ、こちらの処理を百輔さんにお願いしたくてお持ちしたんですの」
百輔「なーるほど、由来不明の呪いなわけね」

 平は疑問符いっぱいの顔をしている。

美鶴「僕の術には手順が要ります。この間の宮崎さんのように、亡くなった日や名前が分からないと祓えない。由来が分からない呪いは苦手なんです」
百輔「んなもん、術とかなんとか分かんねーけど、死ぬまで殴れば、俺の勝ちじゃん」
平「や、野蛮だ……」
百輔「俺はなぁ、野蛮担当なわけ!!!!」

 百輔は壺を掴むと、思いっきり振りかぶった。そして、そのまま床にたたきつけ、その上、そばにあった置き時計で殴りつけるがびくともしない。

日葵「相変わらず、獣のような力ですわ」
百輔「これの持ち主、どうなったの?」
日葵「……政財界の大物とだけお伝えいたしますわ。まだこの世にはいらっしゃいます」
百輔「ふーん、特級じゃん、誰が作った呪物だか、興味はあるね。仕組みはどーでもいいけど」

 何度も何度も殴りつける百輔。

百輔「だぁ! 埒があかねえな!」

 百輔、ポケットからカルパスを取り出すとかじる。それからこぶしを鳴らす。瞳孔が開き、獣っぽくなる。

百輔「よーし、パワー充填。ぶっこわーす」

 再度振り下ろすこぶし、パキ、と壺から音がする。すると、中から大量の赤い糸が放出されて、一斉に百輔を繭のようにくるみ始める。

百輔「ッッ!!!」
美鶴「百輔くん!」

 美鶴が袂から出した榊で、糸を横薙ぎにする。糸は一瞬ひるんだ様子を見せ、勢いが落ちる。

美鶴「何をこんなところで捕まってるんですか、役立たず。唯一の取り柄が暴力なんだから、暴力で負けるようでしたらゴミ虫以下ですよ。えー……あー……。あんまり冴えた悪口が思い浮かばないな。ばーかばーか!」
平「わ、悪口下手ッ!!」

 美鶴、真顔になって榊を構え直す。

美鶴「……早く出てきなさい、百輔。僕は君を助けられたはずだ。また閉じこめられるのは、いけません」

 美鶴が、榊を今度は縦に振り下ろす。すると、糸同士の間に隙間ができ、その隙間から百輔の手が出る。むんずとつかんで、力任せに繭を内側から割る。今までで最大パワー。

百輔「くそがあああああああああああ!!!」

 引き裂かれ、百輔をくるむ繭が真っ二つになる。すると、壺もきれいに割れる。
 壺から一気に風が吹き抜ける。
 美鶴は割れた壺に近づき、何事かを呟きながら榊でなぞっている。鈴の音のような澄んだ音が響く。風は落ち着く。

美鶴「いやあ、やはり肉より悪口のほうが元気が出ますね、君は」
百輔「あんなクソ悪口でやる気出るわけねーっしょ。実力以外の何ものでもねー」
美鶴「ふ、それだけ減らず口なら安心ですね」

 日葵、少し離れて静かに美鶴と百輔を見つめている。表情には蔑みはなく、静かな微笑みだけがある。平は日葵を見て、何やらしみじみとする。

平M(所長と副所長の関係はやっぱりわからないけど、俺と日葵さんは同じことを考えている気がする。なんだかんだ、ふたりは一緒にいて欲しいんだろうな)

百輔「まー、確かに美鶴さんは恩人だけど、俺がいないとダメなのよ、この人も」
美鶴「イヤな言い方しないでください、まるで仲良しみたいじゃないですか」

◆梨本調査事務所前

 日葵は迎えの車の前で、三人と向かい合っている。

日葵「今日はありがとうございました。こちら、本日の謝礼ですわ」

 受け渡される分厚い封筒を見て、平はかっと目を見開く。

平「ちょ、ちょっと待ってください!! 領収書とってきます!!! サインをください!!!」

 叫んで、事務所の方に戻っていく。

日葵「まぁ……ふふ、とてもしっかりした方なのですね」
百輔「うるせーだけよ。それより、日葵、あの壺、作ったのは『あの子』か?」
日葵「確信はありませんでしたけれど、恐らく。あのレベルの呪いを作れるのは、あの方──姫架さんだけだと思いますわ」
百輔「……やっぱりな……」
美鶴「あの赤い糸は、どこまで行っても百輔くんを追いかけてきますね」
百輔「俺、モテモテなんで」
日葵「お気をつけて、姫架さんはまだ、おふたりを狙っていらっしゃいますわ」

 傘を差した姫架、離れた人混みに紛れて三人を見ている。笑って、その場で消える。

平「領収書、ありました~! ハンコなかったら、サインで大丈夫なので~!」

第三話了


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