【自己紹介④】一五一会を使い続ける理由
<前章>
一五一会にもそれなりに弱点はあるということは前章を読んでくれた人には理解できただろう。それでも僕が一五一会を使い続ける理由は何なのか、話していこうと思う。
一五一会とギターは全く別の楽器
前章で弱点のひとつに(ギターと比べられると)表現力に制約があると述べたが、あえて括弧書きで補足をした理由は、ギターと比較すべき性質の楽器ではないということを示している。一五一会はギターと三線から生まれたとしても、本質的にはそれぞれ別の楽器なのだ。
とはいえ、材料と音色が近いギターとは比べられてしまいがちなのもまた事実である。ではギターと本質的に何が違うのか。それは、楽器としての役割が違うということだ。
ギターの役割は言うまでも無いだろう。では、楽器としての一五一会の役割というと、より多くの人に音楽(弾き語り)を身近に感じてもらうことだと、僕は思う。
ギターを弾きたくても何らかの理由で弾けない人は沢山いる。それは、単にギターが難しくて挫折してしまった人たちだけではない。
手が小さく力の弱い人たち、例えば、子供やお年寄りをはじめ、身体や脳に何らかの障害があってギターの複雑なコードフォームを押さえられない、もしくは覚えられない人たちもだ。
弾き語りをより身近にする楽器
音を楽しむと書いて音楽というが、音楽の楽しみ方は2通りある。聴く楽しみと演(や)る楽しみだ。Spoonで言うならリスナーとしての楽しみ方とDJとしての楽しみ方に近いだろう。
すばらしい歌や演奏を聴いて感動することは人間ならばあると思うが、自分の歌や演奏を誰かが聴いて喜んでもらえる感動といったらその比ではない。趣味や仕事問わず音楽をしている人たちのほとんどは、この体験がやみつきになっているのだ。
音楽療法も同じような考え方に基づいている。聴く楽しみのことを受動的音楽療法、演る楽しみのことを能動的音楽療法という。人の演奏をただ聴いているだけではなく、自分自身も演奏に参加する楽しみを感じてこそ本当の意味でセラピーになるということだろう。
一五一会はそのきっかけを多くの人にもたらしてくれる可能性を秘めた楽器なのだ。一五一会に飽きてギターに転向したとしても、それはそれで一五一会はその役割を果たしたと言える。一五一会をきっかけに、その人は音楽を演る楽しみを知ることができたのだから。そういう意味では、一五一会をピアニカやリコーダーのように義務教育に取り入れても良いのではないかとすら思っている。
そして音楽には、人と人とが関わり合うきっかけになる力がある。サークルや教室だけでなく、オープンマイクやライブハウス、ボランティア活動に配信アプリでの活動もそうだ。僕がSpoonの人たちに出会えたのも、音楽をしていたからだ。
音楽のこうした力は、社会的な役割を喪失してしまいそうな人たち、例えば認知症だったり精神的な障害を抱えて生きているような人たちにとって、再び社会参加ができる可能性を高めてくれるかも知れないのだ。
一五一会の特徴的なボディの形は、風になびく短冊をイメージしてデザインされている。BEGINのの比嘉栄昇氏によれば、「1度と5度のチューニングで成り立っているこの楽器で、誰にとっても音楽が身近な存在となって、世界じゅうに“一期一会”の出会いを運んでくれますようにと“一五一会”と名付けました。」という想いが込められているという。一五一会はそういう願いごとが込められた短冊そのものなのだ。
音楽活動の目的と一五一会との出会い
僕が一五一会を使い続ける理由は、この一五一会を多くの人に知ってもらい、もっと普及させたいと思っているからだ。これからの音楽活動も、そこは変わらない。なぜなら、僕自身も一五一会に救われたといってもいい体験をしているからだ。
ここでひとつカミングアウトしよう。僕は左手の小指にまともに力が入らない。後天的にそうなってしまったのだが、詳しい原因についてはいずれまた有料記事のほうで語りたいと思う。ここでは、そういうハンデを持っているんだと理解してもらえればいい。
当時17歳そこらのギター小僧だった湊少年は、不幸なことにFどころか基本のGすらも押さえられなくなってしまった。もう二度とギターを弾くことが出来ないんだと自分の境遇を呪いさえもした。
そんな時、僕の恩師がBEGINの15周年記念ツアーの武道館ライブに連れて行ってくれた。そこでギタリストの島袋優氏が使っていた一五一会を目の当たりにしたのだ。
「なんだあのギターは…4弦なのにあんなに弾けるんだ…すごい!!」
これなら弾けるかもしれない。調べてみると一五一会というらしいが値段は12万円、当時高校生の僕にとっては到底買えるような代物ではなかった。ところが、そんな一五一会に廉価版の“音来(ニライ)”というモデルが登場していたのだ。音来の値段は6万円。これならなんとか手が届きそうだ。
音来を手に入れようと必死でバイトをした。コンビニのバイトだと高校生の時給ではいつ買えるかわからない。そこで僕は、ヤ○ザキパンの製造工場という知る人ぞ知る地獄に身を投じる。時給こそ破格だが、そのかわり8時間近くもベルトコンベアの前で延々と単純作業をさせられる。
サンドウィッチを作るレーンではマヨネーズが話しかけてくる幻覚に襲われ、ま○ごとバナナを作るレーンではめちゃくちゃ滑るバナナに発狂し、白い蒸しパンに北海道の焼印をひたすら押し続けたせいで、北海道の形をみると「誰の許可を得て北海道の形を押したァ!?」という理不尽な怒りが込み上げてくる深刻な後遺症にも悩まされた。
そんなこんなでようやく手に入れた音来で、ひたすらBEGINの武道館ライブのDVDを見ながら練習して“涙そうそう”が弾けるようになった時は感無量だった。まさに“涙そうそう(涙がポロポロ)”だった。その時買った音来はボロボロになりながらも15年間ずっと現役だ。今でもSpoonの配信で使っている。
一五一会のおかげで僕はいま音楽を演る楽しみを味わうことができている。一五一会があったからこそ、コロナ禍で音楽活動を自粛してもSpoonというフィールドで音楽を続けることができているのだ。
音楽をすることを諦めてしまった人たちにも僕と同じように再び音楽を楽しむことができるようになってもらいたい。そのために一五一会を広めていくことが僕の音楽活動の目的でありライフワークとも言ってもいい。
おわりに
簡単な自己紹介をしていくつもりが、一五一会に言及したあたりから止まらなくなってしまった。自分で読み返しながら青汁のCMかってくらい長々とエピソードを語っていて笑いを禁じ得ない。
まあ、それだけ僕は一五一会という楽器のことを愛しているのだと思うし、僕の音楽人生そのものなのだろう。きいちろという配信者を語るならば一五一会は切っても切り離せない、そんなふうに思ってもらえればいいと思う。
ただTwitterで物申してばかりいるだけのヤベー奴ではなくて、それなりに信念をもって活動してますよってことは申し添えておく。そしてSpoonのどこかで見かけても、どうか怖がらず気軽に話しかけて欲しい。ここまで読んで頂いた人に感謝します。ありがとうございました。
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