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久しぶりに乗った夜行バスが地獄すぎた話

移動手段でケチるとロクな目に合わないという話。

名古屋〜東京が年末に3700円!という罠

あれは今からだいたい4〜5年ほど前。当時起業したばかりで金が無く、節約できるところは徹底的に節約する生活を送っていた。それはもう独りでいる時の食事はめちゃくちゃ質素なものを食ってやろうと、米と目玉焼きとキムチだけで腹を満たしていたほどだ。

これは倹約家あるあるだと思うのだが、だんだんそんな自分に興奮さえしてくるようになるのだ。きっとこの記事を読んでくれているドケチの諸君には理解してくれると思う。

そんな僕でも年末年始だけでも実家に顔を出して両親を安心させてやりたいと思った。名古屋から品川まで新幹線を使えば1時間半で到着する。しかし僕は、もっと安く移動できる方法はないかケチケチとネットで調べまくっていた。

すると、夜行バス会社のキャンペーンで早い時期に予約をすると東京駅までが3700円程度まで安くなることがわかった。これは利用しない手はないだろう。すぐさま予約をしたところ運良く希望の座席を確保できた。新幹線の3分の1の料金にまで圧縮した自分の判断の賢明さに酔いしれさえした。

この選択が原因で後に地獄を見ることになろうとも知らずにーーー

最高の座席を確保!ところが…

そして来たる年末某日、仕事を納めたその日の夜、名古屋駅から東京駅に向かう夢の夜行バスに乗り込んだ。「3700円なんだからこのくらい狭くて当然だろ」と言わんばかりの4列シートである。その狭さにさえ興奮していた。何せ新幹線の3分の1の値段なのだ。興奮するなというほうが無理である。

そして僕が予約したのは右側最前列の通路側である。夜行バスではこの席が大正解なのだ。前の人からシートを倒される心配がなく、出入り口から直線で最短距離で出られるため誰よりも早くバスから降りることができるし、SAでのトイレ休憩から戻ってくる時も、乗客達の醜い寝顔が敷き詰められている通路を歩きながら席に戻る必要がない。一般的には窓側の方がいいという人が多いだろうが、そもそも夜行バスは景色を楽しむものではないだろう。

しかも運転席の真後ろだからか事故ったら死ぬ席と思われているらしく人気がないため、ワンチャン隣が空席の可能性がある。そうなると約6時間の道程を2席ぶん占領できるという、新幹線のグリーン車を上回るほどの贅沢を味わうことができるのだ。もう一度言う、誰がなんと言おうと夜行バスは右側最前列の通路側が至高の座席なのだ。

夜行バスはこの席が一番良い席なのだ

最後に乗ったのは学生の頃であろうか…あの頃はmixiが主流のSNSで、各地の様々なオフ会に参加していた僕にとって夜行バスはありがたい乗り物だった。そんな懐かしい日々の記憶に想いを馳せながら、バスに乗り込み至高の座席についた。

すると通路を挟んで反対側には、頭皮の砂漠化が進み、肝臓が心配になる程の浅黒い肌の、あまり清潔感の無い初老の男性が座っていた。出発前にも関わらずロング缶のビールを喉を鳴らしながら旨そうに飲んでいる。その我慢弱さが肌の浅黒さに現れているのではないか。

そして酔いがまわって蒸れたのだろうか、靴下を脱ぎ、あろうことか通路側のアームレストに干していた。その靴下から放たれているであろうおぞましい悪臭が通路を挟んでこちらに漂ってきている。

このバイオテロに6時間も耐えなくてはならないのだろうか…そんな絶望感が広がっていると、発車5分前のアナウンスが流れた。僕の隣の窓際の席は空いたままだ。そうだ、こんな時のために至高の座席を予約しておいたのである。窓側に避難すれば良いではないか…!

通路の向こう側からバイオテロされようと2席使える僕に死角はなかった。発車まであと1分。勝利のファンファーレが流れだした時に、ふとフロントガラス越しに猛烈に近づいてくる黒い影が視界に入った。その勢いはまるでもののけ姫に出てくるオッコトヌシのようだった。

その時の光景(イメージ)

まさかイノシシが夜行バスに乗ろうというのだろうか?いや、まさかそんなはずはない。そう思案しているうちに黒い影が近づいてくるにつれ、オッコトヌシの正体はボブ・サップのような巨漢のネグロイドであることがわかった。そして最も恐れていたことが起きてしまった。なんとオッコトヌシ改めボブ・サップがバスに乗り込んできたのである。

全力疾走でバスの出発時間ギリギリで間に合ったサップは、真冬にも関わらずその巨体から湯気を立ち上らせながら「Excuse me?」と僕に声をかけた。その瞬間、僕の脳内のグリーン車計画はサップにアメフトタックルされながら音を立てて崩れ去ったのだ。

サップ「Excuse me?」きいちろ「……。」

こうして僕とサップの地獄の6時間バスツアーが始まったのであるーーー

僕とサップの地獄の6時間バスツアー

そんな僕を嘲笑うかのように夜行バスは名古屋駅を出発する。座席の最前列を図解すると、こうだ。

(悪臭靴下)[通路](きいちろ)(サップ)

至高の座席のはずが乗客ガチャに失敗する

このようなペアで座っているのだが、サップが1.8人分のボディサイズのため、実際には僕がサップの左半身とアームレストに押しつぶされている格好となっている。まるでスーパーファミコンのデカすぎるACアダプタのせいでコンセントに中途半端な形で挿さってしまっている他の家電の電源コードのように。この時点でもう疑う余地もなく夜行バスでの帰省を激しく後悔していた。

これのせいで他のコンセントが挿さらないのだ。

そしてサップはというと、バスが消灯したにも関わらず、スマホのテレビ電話でどこの国かわからない言語で談笑している。しかし誰も彼を止めることはしなかった。いや、出来なかった。想像してみてほしい。明かりの消えたバスの暗闇の中、野獣のような笑みがスマホの光でぼうっと浮かびあがっているボブ・サップの絵面を。乗客はおろか、運転手でさえ関わりたいと思わないだろう。

こんな状態でどうやって眠りにつけばいいのだろうか?素数や円周率を数えたところでサップの笑い声が全てを無に帰してくる。この状況を打開する手立てを考えるべく、脳への糖分補給と乾燥する喉への保湿のために、ポケットの中にある龍角散のど飴を、押しつぶされそうになっている身体をよじり動かしながらなんとか取り出した。

待てよ…のど飴…そうだ!!

きいちろの心の声

僕はありったけの勇気を振り絞り、テレビ電話に興じるサップの肩を叩いた。イヤホンを外しながら怪訝そうな顔でこちらを見るサップに対して、龍角散のど飴を差し出した。キョトンとした表情を浮かべるこのビーストに伝わるように、この飴を口に入れろと、ミスタービーンくらい大袈裟なジェスチャーを用いながら懸命に表現した。すると野獣は表情を緩めながらこう言ったのだ。

オー!アリガトウゴザイマス!オオキニ!!

サップの発言

お前日本語喋れんのかよ!!!!!!!!

きいちろの心の声

それはそれは流暢な、それもまさか関西弁で感謝されるという、吉本新喜劇であれば演者全員でコケるくらいベタすぎるコント展開で逆に恥ずかしいくらいだった。サップじゃなくてアントニーだったのかお前は

マテンロウのアントニー(写真左)

ところが、サップは口に飴が入ったことによって大人しくなったのだ。外国人にとっては龍角散の独特な味は強烈だったのだろうか。まぁ、いい。いずれにせよ僕の渾身の龍角散のど飴作戦は功を奏したのだ。他の乗客や運転手から心の中で拍手しているのが聞こえてきた気がした。我ながらファインプレーだったと思う。

どうやらサップは、年末帰国する予定だったが名古屋の空港からは母国への飛行機がないため東京の空港に一旦出る必要があったとのことだった。バスを逃したら明日の飛行機にも乗れなくなるため帰国出来なくなるところだったのを、なんとか間に合ったため嬉しくて母国の家族に電話してしまったのだろうか。

やはり争いからは何も生まれない。思いやりの心こそが世界を平和にするのだ。僕なりの善行をしたという自負が、多少狭かろうが晴れやかな気分で眠りにつかせてくれそうな気がした。

ところが、ここからが本当の地獄を迎えることとなるーーー

右も左も逃げ場のない絶望の悪臭オレ

バスが一般道から有料道路に入り、スピードを出し始めた頃であろうか…僕の右側つまりサップの方から、何やら独特のスパイシーな臭いが強烈に漂い始めたのである。

バスに乗り遅れまいと全力疾走してきたサップは、羽織っているダウンジャケットも脱がずに席につき、そのまま眠りについてしまった。ダウンの中はきっと大量に発汗しているに違いない。その汗の臭いと濃密な外国人の体臭とが混ざり合い、か弱い日本人である僕の嗅覚を嫌というほど攻撃した。

たまらず僕は狭くるしい席の中で身体を反転させて通路側に向けると、今度はビールハゲの悪臭靴下によるバイオテロが再び僕に襲いかかった。サップのインパクトのせいですっかり忘れていた。いや、つーかその靴下もう仕舞えよ…。

右を向いてもサップからのスパイシー体臭スメハラ攻撃に遭い、左を向いてもビールハゲ靴下からのバイオテロである。被害を最小限にしようと真正面を向いてみたが、右の鼻の穴からはサップの体臭、左の鼻の穴からはビールハゲ靴下の悪臭がそれぞれ入り込み、鼻腔内で混ざり合うという悪臭のハーフ&ハーフ…そう、まさに悪臭オレのような状態になった

(悪臭靴下)[通路](きいちろ)(体臭サップ)

悪臭と悪臭で挟まれるという地獄のオセロ

悪臭オレで吐き気を催し、ついに身体の中から「コポォ」という音がした。このままではまずい。これで僕がリバースしてしまったら、さらなる悪臭をバスの乗客に拡散してしまう。悪臭と悪臭に挟まれた自分も悪臭源となるという地獄のようなオセロではないか。リバースした結果、悪臭リバーシとかちっとも笑えない冗談である。それだけは何としても防がねばならない。

この状況を打開する手立てを考えるべく、迫りくる吐き気を誤魔化すためにも、再びポケットの中にある龍角散のど飴を取り出そうとした。手探りで飴を探すと、ポケットに一緒に入っていたメンソレータムのリップの感触があった。

これはリップクリーム…そういえば…!!

きいちろの心の声

そのとき僕は、その昔見た「羊たちの沈黙」という猟奇スリラー映画を思い出した。ジョディ・フォスターが演じる主人公のクラリス捜査官が、検屍に立ち会う際に被害者の遺体の臭いへの対策として鼻の下に、おそらく強いメントールのようなクリームを塗るシーンがあるのだ。

遺体のニオイ消しのためにクリームを塗るクラリス

僕は迷うことなくリップクリームのキャップを外すや否や、鼻の下にこれでもかと言う程塗りたくったのである。すると、悪臭オレがわずかに気にならなくなってきたではないか!しかし、完全には消えていない。それ程までに悪臭オレは強烈なのだ

こうなったらもうヤケクソである。もうこのリップが使えなくなってもよい。僕はもはやなり振り構わずにリップの先端を鼻の穴にねじ込みグリグリと塗りつけたのだ。すると、どうであろうか…ビールハゲの靴下の悪臭も、サップの濃厚な発汗体臭も、全てかき消されたではないか!!

ああ…ありがとうクラリス…!
ありがとうメンソレータム…!

きいちろの心の声

そしてバスはトイレ休憩のためにSAに到着した。この時をどれほど待ち侘びたことか

ああ、早く外の新鮮な空気が吸いたい…
運転手さん、早くドアを開けておくれ!

きいちろの心の声


バスが停止してドアが開くとともに誰よりも早く外に飛び出した。この時は至高の座席(当時)を予約しておいて心底良かったと思う。外に降り立った僕は、肺いっぱいに外の空気を吸い込んだ

その瞬間のきいちろの鼻の穴の中の様子

もうおわかりいただけただろうか?そう、メンソレータムを大量に塗りつけた鼻の穴を、真冬の氷点下の空気が通り抜け、僕の肺の中をたちまち凍りつかせたのである。僕の鼻はまるでアルプスのようであった

こうして僕の呼吸器はメンソレータムと真冬の空気による絶対零度コンボによって破壊され、SAの駐車場にうずくまってしばらく悶絶していた。そこから眠気など来るはずが無かった。こうして僕は、結局一睡もできずに6時間もの旅路を過ごしたのである。

翌朝東京駅に着くなり、ふらふらとバスから降り、電車1本で20分もかからずにまっすぐ実家に帰れるところを、とにかく身体を浄化したいという一心で最も近い酸素カプセルを探し、そこで泥のように眠った。最初から新幹線に乗っていれば1時間半で着いたところを、ケチって格安の夜行バスにした結果、バスの6時間+酸素カプセルでの睡眠3時間と、延べ9時間もの時間を無駄にしたのだ。

同じ4列シートでもグリーン車はまるで天国だった

僕はもう2度と夜行バスには乗るまいと心に誓ったのであった。そして名古屋への帰り道は当然の如く新幹線で、それも腹いせのようにグリーン車で帰ったのである。倹約はどうしたのかって?うるせえ!!知るかそんなモン!!

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