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アイヌ犬ウパシについて

ウパシは、僕たちにとって家族である。
アイヌ語で「雪」を意味するこのアイヌ犬の子は、自分自身の成長に歓喜するように知床の大自然を駆け巡り、越えられなかった地形を跳び越えて行く。人の言葉を覚え、優しさを知り、共に生きる術を学んでいる。そんなウパシとの知床での生活は、人間と犬との原始的な関係を思い起こさせるようでもある。

ウパシは2018年6月19日に北海道・知床で生まれ、その2ヶ月後、母犬の飼い主から僕たちのもとへやってきた。

ここの人々はよく、獲れた魚や野菜、季節の山菜などを気前良く分けてくれる。

「おう、秋味獲れたから、やる。持ってけえ」

そんないつものありがたい言葉と同じような大らかさで、幼いウパシは僕たちの家族となった。

とは言っても、こんなにも愛くるしい子犬を手放すことに、飼い主は何も感じなかったはずはないだろう。ウパシを譲り渡してくれた、とんでもなく豪快なご夫婦に、改めて感謝を。それから母犬のキト、そして、僕たちの生活を見守り、時に心配し、支えてくれる、すべてのあなた方に感謝を。


家族であるということ。それは僕たちの最大級の愛情表現であると同時に、本当の意味で、苦楽を共にするということだ。
自然の中で暮らす以上、とんでもない寒さとか、容赦ない吹雪とか暴風雨とかに、じっと耐えなければならないこともあると思う。山の神ヒグマに遭遇することだって、十分にありうる。


ただ、ここではそれが当たり前で、自然なのだ。東京に住んでいた頃、ヒグマが近くにいる生活なんて、全く想像できなかった。
でも、一頭のクマが人を襲ったニュースの裏には、その何千倍ものクマが、人を襲わずにつつましく暮らしているという事実がある。
そして、当たり前に歩いていた山手線のホームとか、新宿の交差点だって、本当はとても危なっかしいものだったことに気付かされる。


僕たちはこの地で等しく生きようとする生命であり、犬も人も、シカもクマも同じ沢の水を飲み、山と海の恵みを分け合って生きている。僕はこれを尊重したい。さまざまな当たり前の生活を想像し、認め合えることを願う。

これを読んでくれているあなたと、同じ時の中にいることを、あらためて尊く思う。

どうかこれからも見守ってください。

2018年初冬 川村喜一


※このテキストは、『ウパシカレンダー2019』に掲載したあとがきを再編集したものです。


2020.4.23発売『アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし』玄光社

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