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「イートン・アンド・オックスフォード」

こんにちは、ぱんだごろごろです。
今日は、アガサ・クリスティの作品中によく出て来る、イギリス人気質についてのお話です。

ハーリ・クィン氏の場合


ハーリ・クィン氏シリーズの第一話で、大晦日の夜、クィン氏は、車が故障したため、近くにある屋敷に助けを求めます。
車を修理する間、外の寒さから逃れるため、家に入れてもらえないか、と頼むのです。
屋敷の人々は、もちろん親切に彼を受け入れます。

現代だったら、どうなるでしょうね。
真夜中に、見知らぬ男が、暖を取らせてもらいたい、と言ってきたら・・・。
警戒しないはずはないでしょう。

ただ、当時は、今ほど殺伐とした事件――押し込み強盗のようなもの――が多く起こってはいなかったでしょうし、雪の降り方もひどかったのでしょう。
家と家との距離も離れていたでしょうから、ここで断ったら、隣の家へ頼みに行く前に、この男は、悪くすると凍えてしまうかもしれない。

幸い、大晦日の夜で、新年を祝うために、泊まり客も何人かいます。
もし、押し込み強盗の手引き役だったとしても、分が悪いと見て、去って行くはず。
用心深い人だったら、ここまで考えていたでしょう。

一方、招き入れた男を見てみると、まず髪が黒い。
新年早々に、黒髪の男が訪れると、その家には幸運がやってくる、という言い伝えが、イギリスにはあったようです。
そして、運転手付きの自家用車での旅の途中ということから、ある程度の収入、資産の持ち主である、という見当も付けられます。

服装、姿勢、身振り、態度、表情、挨拶の仕方、話し方(英語における、言葉遣い、発音、抑揚等)、いずれにおいても、クィン氏は、見知らぬ屋敷の人々から見て、家に入れても大丈夫な人、と判断されたことになります。

クィン氏に、屋敷の人は、この辺りには、以前も来たことがあるのか、と尋ねます。
クィン氏は、肯定し、その時には、この家は、○○さんのものでした、と答えます。
それを聞いた人々とクィン氏の間で、「では、あなたは○○さんをご存じなの」「ええ、知り合いでした」という会話が交わされ、一気に場の雰囲気が違うものになりました。

それまでは、受け入れはしたものの、よそよそしかった雰囲気が、この人は自分たちの友人を知っている、ならば、もう赤の他人ではない、この人も自分たちと同じ仲間だ、という雰囲気に変わったのです。

友人の友人は、自分にとっても友人。
誰それの知り合いです、友人です、ということが、イギリス人の社会では、まるで、通行手形かパスポートのような役割をするのです。
同じ出身――出身地、或いは出身校が同じ、或いは身分、階級、立場が同じ同じグループ、カテゴリーに属している、ということが、人付き合いにおいて、安心と信頼をもたらすのでしょうね。

ポワロの場合


エルキュール・ポワロのシリーズでも、ポワロが気難しいご婦人と話している途中、○○さんを知っている、ということがわかり、途端にご婦人の態度が変わった、というシーンが何度か見受けられました。
それは、あからさまな変わり様ではなくて、ほんの少し温かみが加わり、「あなたは外国人だけど、私たちのお仲間よ」と言っているような受け入れ方で、これが、シャイなイギリス人気質だ、とポワロは思うのです。

「チムニーズ館の秘密」


タイトルの「イートン・アンド・オックスフォード」も、イギリス人を安心させる魔法の言葉、「僕はあなたの仲間、僕を信頼してくれても大丈夫ですよ」という意味で使われます。
この台詞を言ったのは、アンソニー・ケイド、若くてハンサムな青年ですが、もちろんその正体は・・・?

彼が登場するのは、「チムニーズ館の秘密」で、この作品は、本格推理小説と言うよりは、クリスティ得意の冒険活劇ものです。
舞台のチムニーズ館は、由緒ある屋敷で、この四年後に発表される「七つの時計」でも、このお屋敷が主な舞台になります。
私は、実は、この「チムニーズ館の秘密」よりも、この作品では脇役だった、ケイタラム卿の娘、バンドル(アイリーン)とロマックスの秘書、ビルが大活躍する、「七つの時計」の方が、大好きです。

イートン校とオックスフォード大学


さて、話を戻して、「イートン・アンド・オックスフォード」ですが、イートン校は、13才から18才の生徒達が学ぶ、イギリスの有名なパブリック・スクールで、王族や政治家など、著名人を輩出している、歴史のある名門校です。
ここの卒業生だ、というだけで、将来は約束されているようなもの、まさしくエリート校です。

オックスフォード大学の方は、言うまでもなく、世界トップの大学の座を、同じイギリスのケンブリッジ大学やアメリカのハーバード大学と争っています。
この選び抜かれた両校の出身者となれば、信用もできよう、というもの。
ハーロウ・アンド・ケンブリッジ、というのも、意味は同じです。

ヘイスティングズ大尉(イートン校出身)


クリスティの作品の登場人物の中では、ポワロのワトソン役、アーサー・ヘイスティングズ大尉もイートン校出身です。
「もの言えぬ証人」の中で、ミス・ピーボディに、「ちゃんとした英語を書けるの?」と訊かれ、「それで学校は?」との問いに、「イートン校です」と答えています。
このおばあさんは、何と、「それじゃ、書けませんよ」とヘイスティングズに言うのです。

クルー大尉(イートン校出身)


また、「小公女」セーラのお父さん、ラルフ・クルーも、イートン校の出身です。
ラルフ少年とトム(・カリスフォード)少年は、イートン校で、一緒にクリケットをして遊んだ親友同士でした。
当時、イートン校は、全寮制の男子校。
トムとラルフは、いつも一緒にいたのでしょうね。
少年時代に築かれた友情は、深く永く続きます。
だからこそ、セーラのお父さんは、大好きなトムの事業のために、その莫大な財産の最後の1ポンドまで注ぎ込んだのでしょう。

まとめます。


今回は、アガサ・クリスティの作品から、イギリス人気質を考えてみました
イギリス人にとって、友人の友人は、自分の友人。
仲間意識が生まれるのです。
また、出身校が同じである、ということも、安心や信頼をもたらします。
「イートン・アンド・オックスフォード」は、その象徴のような言葉として、捉えてみました。
ヘイスティングズ大尉も、クルー大尉も、どちらも同じ、イートン校の卒業生なのです。

何て素敵なイートン校!


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