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式神

紙を切り抜いて、息を吹きかける。
「そうっとね」
手のひらにのせて、ふうっと吹くと、人のかたちをした小さな紙は、ひらひらと舞って、床に落ちた。
「あぁ、落ちちゃった」
がっかりしたように、少女が言う。
「まだ慣れてないんだもの、そのうちもっと上手にできるようになるわ」
「貴子姉がやるように、窓の外へ飛んで行く?」
「行くわよ。だって、これは式神だもの」
幼い少女は、年嵩の少女を、憧れのこもった目で見た。
貴子姉の言うことなら間違いはない。
私にもいつか式神があやつれるようになる。
少女は、やがてまぶたが重くなるのを感じた。
「眠いんでしょう。ずいぶん練習したもの。
今晩はもう、自分の部屋に戻りなさい」
「はい、貴子姉…」
少女はすなおに自室に戻って行った。
五人の少女が一緒に暮らす部屋だ。
一方、最年長の貴子は、一人で一室を使っていた。

「施設長、翠も大分落ち着いてきましたね」
「貴子のお陰でしょう。貴子の部屋にしょっちゅう出入りしてますからね」
「また、あの式神ごっこでしょうか、陰陽師の」
職員の佐々木が笑った。
「貴子が話すと、いかにもそれらしく聞こえますからね。それに、本当にあの人型の紙が飛んで行くんですから」
「一度どうやっているのか、聞いたのですが、紙飛行機と同じだと言っていましたよ」
「まあ、悪いことでもないですし。この施設に来て、せめて慰めがあった方が良いでしょう」
「親とは暮らせない子ばかりですからね。気の毒に」

秋の日、小学校では発表会が行われた。
翠にせがまれた貴子は、土曜日、翠の通う小学校の体育館に足を運んだ。
幕が上がり、翠たちが舞台に現れた。
童話劇は順調に進んでいった。
いよいよ翠の見せ場だ。
施設の部屋で、何度も台詞の練習をしていた。

舞台の上で、翠が動きを止めた。
戸惑った表情をしている。

泣きそうな顔で、翠は客席に目をやった。
貴子はすかさず片手を上げて、何かを飛ばすような仕草をした。

翠が貴子の指から放たれたものの軌跡を追う。
翠の目に、式神が広げてくれた台本の台詞が見えた。

『あの森に、大きな光るキノコが生えています』

翠の澄んだ子どもらしい声が響く。
劇は大成功だった。


冬の日、佐々木が施設長に、病院から届いた封書を渡した。
「貴子の母が、亡くなったそうです」
「…ひとりきりになったのね」
「はい、来年はあの子もここを出て行くんですね」


春の日、貴子が翠に言った。
「もう、私は18歳になったでしょう。明日から、私はここを出て、一人で暮らすのよ」
「そんなのだめ、一人じゃ、貴子姉、寂しいよ」
「一人じゃないわ、式神がいるもの」
「それでもだめ。それに式神より私の方が役に立つよ」
「まあ、本当かしら」
「本当よ。だから、行かないで…」
「ありがとう、ごめんね、翠」



それから数年後のこと。
輝くような笑顔の少女が、両手に鞄を持ち、アパートの扉を開けた女性に言った。
「貴子姉、私、18歳になったの。今日から私があなたの式神よ!」

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