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私がスペインで「出張美容師」になったのは、お客さまの「あなたが私の美容院」って言葉がきっかけだった
わたしは今、出張美容師をして生計を立てている。と、同時にライターの仕事もぽつりぽつりとしている。
以前読んだ、充紀さんの美容師について書いた記事の言葉が素敵で、ずっと頭に残っていた。
美容業は、誰かの「特別な瞬間」に携わる職業だ。
実際に今まで美容師として、卒業、結婚、成人、プロポーズなどたくさんの「特別な瞬間」に携わってきた。
「美容師は、美容院という舞台に立つ役者だ!」
大阪で働いていたときの先輩が、「どやさ!」とばかりに言っていた言葉。
わたしも少し前までは、美容師には美容院という舞台が必要だと思っていた。
その舞台に立って15年。わたしは、美容院で働くことを辞めた。
それが3年前。
舞台がないと働けないと思っていた
わたしの美容師人生は、大阪からはじまり、東京、ラオス、イギリス、ニュージーランドと、美容院という舞台で働いてきた。
北スペインでも2カ所の美容院でお世話になった。
子どもができて、仕事はしたいけど、子どもとの時間も欲しい。そんな気持ちが大きくなっていた。
多くの美容師の最終地点が、「自分のお店を持つこと」になる中で、お店を持ちたい願望を持ったことのないわたしは、自分なりの道を探した。
出張美容師をするきっかけになったのは、お客さまに言われたひと言だった。
「美容院に髪を切りに行ってるんじゃない。あなたに髪を切ってほしくて行ってるの。それが外だろうが家だろうが場所は関係ない。あなたがわたしの美容院よ」
うれしかった。身ひとつでやってみようかな……けど怖いな……などと思いながらも、思い切って美容院の舞台を降りることにした。
ちょうど次女を出産するときで、育児手当もでる。1年は子育てをしながら、どうしていくか。自分でお金を作り上げていくやり方を模索してみよう。うまくいかなかったら、また働き場所を探せばいい。
美容院という舞台がないのに美容師をやっていけるのかな、大丈夫かな……と心のすみっこにはいつも不安がいた。
人生最後のカット
ちょうど去年の1月、やっかいなウィルスが有名になる前のこと。出張美容師になって口コミでお客さまが増えていた頃だった。
常連のお客さまMさんからメールが届いた。
「父の髪を切ってほしい」
Mさんのお父さんは、末期ガンで余命宣告を受け、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。
連絡があった翌日、車でMさんの両親宅に走った。
Mさんと一緒に、Mさんのお母さんとお姉さんも玄関で出迎えてくれた。
「父は元気なとき、おしゃれをするのがすごく好きだったの。美容院に行けなくて、ボサボサの髪になっている今の状態が我慢できないみたいで……」
Mさんはさみしそうに笑いながら言った。
任せてください!と家の中に入り、広々とした真っ白なバスルームのイスに腰かけ、待っていてくれたMさんのお父さんに、「Hola!(こんにちは)」と明るくあいさつをした。
鏡越しに見るお父さんは「ハリウッド映画の主役をやっていた」と言われても疑わないほどにハンサムで貫禄があった。
だけど、ひとりで歩く体力はなく、イスに腰掛けているのもつらそう。
わたしはできるだけ早く、なおかつ技術は怠らず、イケているお父さんをさらにかっこよくしようと集中した。
カットが終わると軽くヘアクリームをつけ、ゲイリー・オールドマン風のオールバックで仕上げた。
「終わりましたよ!どうですか?」
Mさんのお父さんは、うつむいた状態から背筋をすうと伸ばし、鏡をみた。
「ありがとう。完璧だ」
そう言って、か弱くうれしそうに笑った。
その3日後、Mさんのお父さんは亡くなった。
そして後日、Mさんからメールが届く。
「最後に父もかっこよくしてもらえたって喜んでた。本当にありがとう」
喉の奥が熱くなった。
型にハマる必要はない
わたしは「特別な瞬間」に携われたことに感謝した。
美容師であることがうれしかった。
今まで美容院という舞台でがんばってきた過去の自分にありがとうと言いたくなった。
人の大切な瞬間をきれいに飾ることができる。最高な仕事じゃないか。
美容業は、誰かの「特別な瞬間」に携わる職業だ。
そこに、舞台はあってもなくてもいいんだな。人が喜んでくれることをしていこう。
型にハマらなくても、できることがある。
型にハマらないからこそ、見られる景色がある。
わたしはこれからも場所にこだわらず、カタチにこだわらず、自分の働き方に自信を持っていきたい。
そして、色んな人の「特別な瞬間」に携わっていけたらうれしいな。
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