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悪人の作り方【創作】

 ああ、先生。私はこれまで、あなたこそ真の悪人であると信じておりましたのに。あなたの教えに従順に、それこそ親鳥の後を追う雛のように、その背中から沸きだすありとあらゆる悪い思考と嗜好と指向を学べば、私のような何物も持たない男でも悪の道へ羽ばたいていけると思っておりましたのに。
 先生は常々仰っていたはずです。己の欲望を満たす事こそ至高だと。その他の事は気にもとめない、とめる価値すらないと。ああ、なんて傍若無人な振る舞いでしょう。私の知っている先生は、ひとたび己の腹が空けば、たとえ飢えている幼い子供からでも食糧をひったくる、そんな方だったはずです。
 なのに、どうして。
 ああ、先生。先生はいつか私に仰いましたね。なんでお前みたいな気弱な奴が悪人になりたいんだ、と。あの時、私は何も言えず黙ってしまいましたが、今はっきりと答えましょう。
 私があなたのような悪人になりたい理由。それは、私が気弱だからです。
 私は昔から自分の意見を持たない子でした。親が喜ぶから愛想をふりまき、勉強をし、手伝いをし、逆にするなと言われた事は絶対にしない。親にとって『扱いやすい子』であり続けました。そうしなければ、親の愛情が離れていくような気がしていたからです。
 もし、互いの腹の中を見せ合う間柄を友や仲間と言うのなら、私にはそんな者ただひとりもいません。恋人など尚更。誰も、私の本当の気持ちなど知りません。私の人間関係は霧のように不透明で不確かで、ただただ薄い幕が漂っているだけだったのです。
 そんな関係のただ中で、いったい誰が私の意思を尊重してくれるのでしょう。私はいつからか、人に、そして自分にさえ期待を持つ事が出来なくなっていたのです。
 自分の意思など尊重されないもの、そしてそれは当然の事。そう思い込む事で、私の日々ふつふつと沸き上がる欲望は鎮まっていたのです。皆そうして生きているのだと思っておりましたのに。
 あの日、あなたは確かに悪人でした。
 世界を滅ぼす。理由は、つまらないこの世界が大嫌いだから。
 あなたはそう言ってのけました。私が常日頃必死に抑えつけていた欲望を、あなたはああも簡単に口に出してしまった。そして行動に移してしまった。あの日から、あなたは私の先生になりました。
 この多くの命が生きている世界を滅ぼす。生きていたいものたちの意思を己の欲望のもと全てないがしろにするその姿勢。これこそ悪人です。大悪人です。あなたが各地で放つ滅びが、あなたの強固な意思が何億の有象無象の思いを従えて抑えつけていく。己の欲望の為に。その光景こそ、私が真に求めていたものでした。
 そうです。私は悪人になりたかったのです。ずっとずっと。幼い頃から。
 だからあなたのもとへ参りました。これまで私に培わされた知識全てを捧げて、あなたの、そして私の欲望を満たす為に働いてきました。ああ本当に、あと少しでしたのに。どうしてあんな心変わりをされたのですか。
 人を信じてみたくなったのだ、などと、とてもあなたのような大悪人の口から出る言葉ではありません。あの投げ売りされた正義感しか持ち合わせていないような輩に、私たちの何が分かると言うのですか。あんな、自分の意思を、欲望を蔑ろにして、恥じらいもなく世界の為にと宣う者たちに、どうして私たちが抑え込まれるのですか。
 ああ、私は納得できません。断じて、断じて!
 先生、あなたはもうどうか分かりませんが、私は悪人です。先生のおかげで、悪人になれたのです。大悪人に。
 先生にお渡しした核爆弾の発射装置、あれはニセモノです。ホンモノを渡すわけがありません。
 先生、実を言えば私はね、あなたをも凌ぐ極悪人になりたかったんです。
 もう手紙も世界も、あなたが信じたいと言った何かもあなたと一緒に、私の意思に呑まれて終わるのです。
 さようなら、私の先生。裏切りは悪の常なら、私の謀反でさえ美しい事でしょう。どうか誇りに思ってください。
 今までありがとうございました。
 
 
 
 


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