見出し画像

雨音【創作】

 やあこんにちは。例によって雨の日にこの手紙を書いているよ。やることがないと、すぐに君へ手紙を書いてしまうね。どうしてかな。雨粒がポツポツ落ちる音を聞くと、頭に君が浮かんでくるんだ。僕にとって雨は君なのかもしれない。そう思う時があるよ。
 
 近況を書こう。旅は順調だよ。体の不調もない。足はしっかり動いて、もうずっと遠くまででも歩いて行ける気がしてる。色んな街に行ったし、色んな人にも出会ったよ。良いものも悪いものも、どっちとも言えないものもたくさんあった。そうして色んなものや場所を見ていたら、僕の中身も少しずつ変わっていく気がして、それが少し怖かったりもする。でも、それが嫌じゃない自分もいるんだ。変わっていく自分を見てみたいから、僕はきっとこれからも、止まることも後戻りすることもないだろうって、歩きながら思ってる。僕はずっと先へ進んでいくだけなんだ。これからもずっと。

 ただ、雨の日だけはそうもいかなくてね。だって道が水浸しでぐちゃぐちゃになってるからね、歩くのも一苦労だよ。僕が出会った旅の師匠の教えに、無理はしないっていうのがあるんだ。だから僕は雨の日は無理をしないんだ。足もそれを分かっているのかな。いつもは先へ先へと弾んでいるのに、雨の日ばかりは石のように重たくなって、椅子に腰掛けでもしたら固まってしまうんだ。まるでふてくされた犬みたいに、足元から動かないんだよ。だからもうそうなってしまうと、僕は諦めて椅子に座り続けることにしてるのさ。

 椅子に座ってしまうと、やることもないから目を閉じて静かに息を吸ったり吐いたりしてる。雨音が耳にポツポツと入ってくると、体の底に水が溜まっていくように感じて、心地が良いんだ。満たされるっていうのかな。だから僕は、雨の日もそう悪いもんじゃないなって思うようになったよ。

 そんな時だね。君の顔を思い出すのは。顔だけじゃなくて、もうそこから水面に波が立つように、色んなことを思い出すんだ。君と話したことや、食べた物や、行った場所や、もう色んなことを。まるで夢みたいに。もしかしたら、本当に夢を見ているだけなのかもしれないけど。でもそうだとしたら、雨の日に見る夢は決まって君の夢ってことになるから、それはそれで不思議な話だよね。

 どうして雨の日なんだろうね。君を思い出すのも、手紙を書きたくなるのも、足が重くなるのも。分かるようで、でもやっぱり分からなくなってしまう。雨の日は変になるんだ、僕はそういう人間になったんだって、今はもうそう思い込むことにしてるよ。だから君も、こんな変人の手紙は適当に読んでくれると嬉しいよ。

 きっとね、僕は君と会ったら、色んなことを喋ってしまうんだ。だからこうして手紙を書いているんだよ。先へ進もうとする足は確かに僕の足なんだけれど、雨の日に重くなるのも僕の足なんだ。どちらも僕の足で、僕自身なんだ。これからも変わらないと思う。だから、雨の日には君に手紙を書くと思う。そして晴れたら、また歩いて行くんだと思う。いつか雨の日にも手紙を書かなくなる日が来るかもしれないけれど、それは僕がどこかへ辿り着いたか、歩くことを止めた時だよ。

 だからそれまでは、こうして手紙を書いていくよ。不思議なことにね、手紙を書いた後はまた足が軽くなって、どんどん先へ進んでいける気がしてくるんだ。

 自分のことばかりですまないね。でも、今の君のことを知ってしまうと、僕の足はもっと重くなるかもしれないから。

 僕はいつでも、君の幸せを願っているよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?