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拝啓 主様【創作】

 拝啓、主様。私を覚えておられますか。あの強風の日、風にさらわれて別れ別れになってしまったワイシャツです。こうして手紙の上だけでも主様と再会できた事、とても嬉しく思います。
 私は今、私と同じように主様からはぐれて、どこにも行き場のない物たちが行き着く所にいます。片割れを失った靴下、土で汚れたコンタクトレンズ、まだインクが残っているボールペン、そして私のような、ある日突然風にさらわれてきた服たち。そのような、主様と離れ離れになってしまった物たちが須く集まる、ここはそういう場所なのだそうです。
 主様。私はずっと心配していた事があります。
 主様はもしかすると、あの日のご自身を責めているのではないですか。私は最後の瞬間に主様が上げた小さな、しかし息をのむような緊迫した悲鳴を忘れる事ができません。あの日の風は強烈で、そして本当に突然やってきました。ハンガーから引き剥がされそうな私たちに、主様は精一杯手を差しのべて下さいました。残念ながら私は足早の風に捕まってしまいましたが、他のワイシャツやタオルたちは助かったのですから、主様はどうかご自身を責めないで下さい。
 思い上がりも甚だしい事とは承知しておりますが、私は主様に従うワイシャツたちの中でも、特に長くお側に仕えさせて頂きました。そして主様はご自身の大切な日には必ず私を選んで下さいました。それが私にとってどんなに誇らしく、また至上の喜びであった事か。ですから私は風にさらわれた時も私自身の今後より、私を失った主様の事だけが心配だったのです。
 主様。今、主様のお側には私のような、主様が大切にしている物はあるのでしょうか。あるのならば私は安心して、その物に後任を託しましょう。しかしもしないのであれば、そして私に今一度会いたいと思って下さるのならば、どうか『失せ物の神様』へ祈り続けて下さい。
 この場所は失せ物の神様の領域なのです。神様は主様たちが失くしてしまった物たちを再び主様の元へ導いたり、新天地へ誘ったり、出しっぱなしにされた物たちを救い、暫く隠して主様たちに反省を促す存在です。そしてごく稀に、信じられないような奇跡の再会を起こしてくれるそうなのです。
 主様。私は叶うならば、もう一度主様のお側に仕えたい。私はオーダーメイドで生まれたのです。主様以外の主様にお仕えする事など不可能です。耐えられません。
 この手紙を運んでくれたボールペンに、そして彼の存在を思い出して下さった主様に感謝します。ああ、早く主様の元へ帰りたい。たとえ帰れなくとも、今一度だけ主様が私の事を思って下されば、私はきっと誇らしさと喜びを再び感じる事が出来ます。
 私の主様は貴方しか考えられません。
 いつか再会できると信じております。それまでどうかお身体も、物たちも大切に。それでは。
                 
                    敬具

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