とあるアプリのお題「男子がトイレでドキドキする」でショートショートを書く
どうしてこんな状況になってしまったんだ、と僕は自問する。
いや、答えは明白なのだ。「特大の便意に責め立てられた僕がたまたま空いていた駅の女性用トイレに駆け込んでしまった」ために、僕は今焦っているのだ。
「――でさあ、ありえないよね。三年も付き合っておいて」
「だねー、せめて対面で説明しないと。チャットで『別れよう』なんてさ。成人してる大人の男が大人の女と付き合うなら、対面で堂々と言うぐらいの覚悟は見せてくれないと」
扉を隔てた向こう側からは、聞きなれない女性二人の声が聞こえてくる。どうやら、片方の女性は恋人の男性と別れたらしい。そして、もう一人はその相手をしているようだった。
早く話を終えて、トイレから立ち去ってくれないだろうか。さもなければ、男子高校生の僕は今後『駅の女性用トイレで用を足した男』というレッテルを貼られたまま、学校生活を送らなくてはならなくなる。
「やっぱりさ、こっちが上に立った方がいいのかな?」
「だねー。そしたら、男から浮気することもなくなるだろうし、こっちが主導権を握れるだろうし。もしくは……」
ふと、背筋に悪寒が走る。
僕の眼前にある扉の向こうに、人の気配があらわれた。
「弱みを握られた男とか、コントロールしやすくていいと思わない?」
「いいじゃん、それ! この際、年下でも可!」
「だねー。ちょうど私、心当たりがあるんだ」
コンコン、というかすかな音。それは僕がこもっている個室トイレの扉を叩いた音だった。
やむを得ないとはいえ、『女性用トイレで用を足していた男子高校生』である僕にとって、その音は冷徹なナイフであるかのように、慄かせるには十分な威圧感を持っていたのだ。
こんこん。
コンコン。
こんこん、コンコン、こんこん、コンコン、こんこん、コンコン、こんこん、コンコン、こんこん、コンコン、こんこん、コンコン。
弄ぶかのようなその音が止むまで、僕はひたすら耐えた。
女性二人の気配が消えたことを感じ取った僕は、こっそりと個室トイレの扉を開けた。
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