とあるアプリのお題「美少女が学校で一喜一憂する」でショートショートを書く

 突然の出来事により、僕は自分がすっかり変わってしまったのだと自覚した。

 ブカブカになってしまった制服のズボンに手を這わせ、少しずつ、少しずつ、太ももの中心へ向けて動かしていく。
 そうして僕の手は自分の股間にたどりつき、「本来あるはずのものが無い」という事実を確認する。
 無い。どう触っても無い。
 隠れている様子も、無い。

「なんで僕、女の子になってるんだ」

 耳に入り込んでくる声は、すでに声がわりを経た男のものではなく、同級生の女子たちみたいに――いや、彼女たちよりももっと透き通った声色だった。

 混乱した頭を鎮めるため、僕は黙考する。

 たしか僕は、放課後になり、突然の睡魔に襲われたので、自分の机で突っ伏して仮眠をとることにした。これは間違いない。
 その後、夢の中で「お主がモテないのは、お主が女子の気持ちを理解できないからじゃよ」という声を聞き、さらに「じゃから、しばらく女の子の体にしてやるから、女心というやつを知るといい」と言われたあたりで目が覚めた。
 窓から見える空がオレンジ色に染まっているのを見て、時間を確認しようとスマホを手に取り、黒い液晶画面に映りこんだ顔が見慣れた自分のものではなくて、黒髪ロングの清楚系美少女になっていることに気づいたのだ。

 ……うん、思い返しても、何でこうなってしまったのかよくわからない。
 夢の中で聞いた声が神様みたいな超越的存在のものだったとして、「モテないから」という理由で、人間の性別を容易く変えようとするだろうか? なんで僕みたいな一般人に、超常的な力を使ったのか?
 駄目だ。考えても埒が明かない。

 ひとまず、今の僕がするべきことは何か?
 そんなの決まっている。

 少し前に、『もしも自分が女の体になったら何をしたいか』という話題でクラスメイトと盛り上がったことがある。
 多数派だったのが「おっぱい、ふともも、尻を揉む」だった。実に男子高校生らしい、性欲にまみれた意見だ。

 僕の意見は違う。自分の体を触ったところで、何が楽しいというのか。

 自分のものとは思えないほど細くなってしまった人差し指を、スマホの指紋認証センサーに当てたらロックが解除された。どうやら女の子の体になっても指紋は変わらないらしい。

 カメラアプリを起動して、自撮りモードに切り替え。
 ……やばい、見慣れない美少女がスマホの画面からこっちをのぞき込んでいるのが、なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで、気持ち悪い笑みを浮かべてしまった。
 気持ち悪い笑みなのに、「それも愛嬌があっていい」なんていう自画自賛をしてしまう。

 僕が女の子になってしたいことは、「自撮り写真を撮ること」だった。
 美少女でなくても、正視にたえない顔立ちだったとしても、撮っておきたかったのだ。

 いいアングルが見つからず、なかなかシャッターボタンを押せない。
 色々試した結果、斜め上のアングルからの上目遣いが良い感じだったので、僕が意を決して撮影に踏み切ろうとした瞬間、横合いからの声が僕の邪魔をした。

「おい、田中。起きたんならとっとと家に帰れ…………よ?」

 担任の河上先生が、教室の入り口に立っていた。おそらく、僕がまだ教室で眠りこけていると思ってのことだろう。

「田中じゃない……よな? 別のクラスか? でもなんで女子が男子の制服を……」
「ああ、すいません。演劇部なんです、私。衣装合わせしてました」

 咄嗟に噓をついてごまかす。「気が付いたら女の子になっていました。僕、田中です」なんて言えるわけがない。

 河上先生は「今度から部活で教室を使用するときは事前に許可をとるように」と言い残すと、教室から去っていった。
 足音が聞こえなくなったころ、僕は撮影再開しようとスマホを構えた。

 スマホの画面に映りこんでいるのは、どこか見慣れた顔の男子で――って僕じゃないか!

 僕は嘆く。
 さっきの美少女への変身は時間限定だったのだ。
 河上先生の相手をしている間に、貴重な残り時間は底をつき、僕は美少女から、元の冴えない顔の男子に戻ってしまったんだ。

 もう一回机で眠れば、同じことが起こるかもしれない。
 そんな期待から、再度腕を枕にして机に伏せてみるものの、仮眠ですっきりした頭に睡魔の姿は無くて、ただ無為に時間が過ぎていった。

 その後、戻ってきた河上先生によって教室から追い出され、僕はがっかりしたまま帰宅の途についた。


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