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「クロちゃんが欲しい」

開店前、見慣れないシルバーの軽トラがうちの駐車場に止まった。
車からは60代くらいの夫婦が降りてきて、窓の外から厨房にいるわたしにアイコンタクトを取ってきた。
ご婦人の方が、「すいませーん」と言ったので、なにか用事だろうと思って勝手口から外に出ると、「お宅のニワトリ、一羽だけどもう一羽いたでしょ」と。
なに?やぶからぼうに。
私「はい、いましたけど死んじゃいました」
おばさんは、「ああそう」と残念そうな顔をした。
おばさん「わたしはね、鳥が好きだから。ところでこの鳥が欲しいんだけど」
話しの展開の速さについていけない。
・・・なぬ?クロちゃんが欲しいって言っている?
手の平をブンブン振りながら、全身で「それはできないです!」と言うと、「お宅、どこからニワトリを買った?」と聞かれた。
私「えーと、有精卵をもらってきて、孵卵器《ふらんき》で孵化させました」
おばさん「フランキー?」
私(笑いを堪えながら)「いや、孵卵器です」
おばさんは話しを逸らすように、「有精卵って、どこで買えるね?」と聞く。
わたし「『そーれ』(今帰仁の道の駅)でも売ってます」

ご夫婦揃ってしばし沈黙。


私「『そーれ』で有精卵を買ってきて、卵を孵すマシーンを買えば20日くらいでヒヨコが生まれますよ」
おばさん「そのマシーンはどこで買えるね?」
私「Amazonで買えます」
おばさん「あーそれは無理、遠過ぎる」
私「いえいえ通信販売です」
おばさん「ニワトリが通品販売で買えるね?」

どこから説明したらいいのかほんとにわからなくて、おまけにオープン前の忙しい身である。

しかしこのご夫婦、至って普通の感じである。なんなら、那覇のデパート「リウボウ」で買い物してそうな雰囲気でもある。
なぜに?

おばさん「ニワトリの鳴き声がいいのよね」
おじさん「鳴き声がいい」

テレビとか、健康雑誌「ゆほびか」とかで、「ニワトリの鳴き声が長寿の秘訣!」とか言ったのだろうか。
そういえば猫のゴロゴロ音は、「骨を強化する効果が期待できる」という研究結果もあるくらいだから、ニワトリくらいのインパクトある音ならもしや、なんらかの効能があるのかもー!

ああこれで、世の雄鶏も日の目を見るかも知れない。だってヒヨコ屋さんでは、メスが350円に対して、オスは60円だったもの。
潤ちゃん(オス)、その値段の差にしばらくショックを受けていて、「お祭りのカラーヒヨコが全部オスなのはそのせいなのか」とうなだれていたし。

で、いくら金を積まれてもクロちゃんはあげられないので、「まずは、有精卵を買ってください」と、話しを切り上げた。

それにしても、まさかクロちゃんに養子縁組の話しが舞い込んでくるなんて世の多様性をひしひしと感じた朝の出来事であった。

でも、相手の理解力にどれだけ寛容になれるかは、相手の本気度に拠るところが大いに関係する。
おばさんがその気だったら、私が代わりにAmazonで孵卵器を注文してあげてもいいけど、安易に「買うことで解決」だったらちょっと違う。

そう考えると、「何かを教える仕事」って、よほどの寛容さがないと出来ないな。






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