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【ショートショート】鴨川サラマンダー

午前二時、生田六介は河川敷を歩いていた。

六介は今年の春で大学院を卒業した司法試験受験生である。こう書くと将来有望な弁護士の卵のように見えるが、学生時代の成績は恐るべき低空飛行であり、教授のお情けでなんとか卒業できたようなものなので、今のところ卵が孵る見込みはない。平たく言えばお先真っ暗の無職である。
分からない問題があったり別れた恋人のことを思い出したりして眠れなくなった日は、こうして河川敷を散歩し太ももを疲れさせてから布団に入る。その日は前者だった。

連休が明けてから昼間は暑い日が増えたが、夜になると意外に冷える。そろそろ下宿に戻ろうかと思ったその時、前方に男がいるのに気づいた。
「こんな夜更けに河川敷をうろつくとは、怪しい奴だ」と、六介は自分を棚に上げて思った。
よく見ると、男は荷台に何かを乗せようとしているようだった。それは黒くて大きく、そして月明かりに照らされてぬらぬらと光っていた。六介はその馬鹿デカい羊羹みたいな物体、もとい生き物に見覚えがあった。オオサンショウウオである。

オオサンショウウオは日本の固有種であり、世界最大の両生類である。清流の食物連鎖の頂点に君臨するが、陸では短い手足をもたもた動かすことしかできず、歩く速さは非常にトロい。
「あれは最近問題になっているオオサンショウウオの密猟者に違いない」と、六介は完全に勘で判断した。オオサンショウウオは国の特別天然記念物に指定されており、許可なく捕獲すると文化財保護法違反で罰せられる。

次の瞬間には六介は密猟者(と見られる男)に向かって走り出していた。走りながら六介は足りない頭で色々考えた。深夜の川に人を蹴落とす行為は、仮に密猟者が無事であっても殺人未遂罪を構成しかねない。息子が巨大両生類のために人生を棒に振ったとしたら郷里の父母は泣くであろう。
しかし、六介は走るのを止めなかった。この行動が美しいか汚れているかは、飛んでみれば分かることだ。

密猟者にドロップキック一閃。
オオサンショウウオが宙を舞う。

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