それは、20XX年の夏に札幌で起きた出来事である。男は暑さで朦朧とする意識の中、横断歩道のない車道へと進もうとしていた。
「ああ、ツラい・・・」
そう、その数ヶ月前から男は辛い出来事が相次いだため、自らの手でこの世を去るために車道に飛び出しそうになった。すると、近くにいた歩行者が男の手を引いた。
「おい、しっかりしろ!
 横断歩道はあっちだぞ?」
歩行者に手を引かれ、九死に一生を得た男は目を丸くしながら、困惑していた。
「え・・・あの、何が起きたのでしょうか!?」
男の脳内には、手を引かれる以前の記憶が存在していなかった。歩行者は、その男を家に連れて帰ろうとして、男に声をかけた。
「俺は赤堀剛太郎、全然売れてない
 ミュージシャンです。とにかく、
 俺の楽曲を聴いてほしいので、
 うちに来てください。」
「は、はあ・・・あの、助けてくれて
 ありがとうございます。自分でも
 よくわかりませんが、意識とか
 記憶とか無くしてしまったので、
 回復するまで赤堀さんの家にいても
 大丈夫でしょうか?」
「ああ・・・とりあえず、ミュージシャン
 としては売れてはいなくても、
 生活には困ってはいなくて、私の
 自宅にはもう一人住人がいても
 暮らしてはいけそうだから、何も
 遠慮する事はありません。」
「すみません、ありがとうございます・・・」
こうして、男は住んでいたアパートの一室を引き払い、赤堀の家に住む事となった。
 男は赤堀家に住み始めた後も、記憶が戻る事なく自らの氏名もわからない状態であった。それでも、赤堀は男の助けになれる存在であり続け、男が辛い気持ちに押し潰されて死にそうになると精一杯励まし、そして慰めた。ある日、男は赤堀を家の庭に呼び出した。
「あの、赤堀さん・・・!?」
「なんだい?」
「わ、私でよかったら・・・
 付き合ってください!」
「ええっ!?」
「も、もしかして女性の方が恋愛
 対象だったりしますか?もし、
 そうだとしたら申し訳ございません・・・」
「何を言ってんだい・・・俺、恋愛対象は
 男性なんだよ?まさか、俺の恋愛対象を
 当てられるとはなぁ!」
「なんとっ・・・知りませんでした!!」
「あと、俺は君の事・・・タイプだよ!!
 とにかく君の事を助けないと、
 むしろ俺がダメになってしまうくらい
 タイプなんだよ!?」
こうして見事に赤堀の恋愛対象を当てた男は、赤堀にとってタイプの男性である事が判明し、その後男は赤堀との交際と同棲を開始した。しかし、男の記憶が戻るのはまだまだ先の話である・・・

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