林光作曲オペラ「森は生きている」オーケストラ版

 2021年2月19日、林光作曲のオペラ「森は生きている」オーケストラ版、初日を迎えました。オペラシアターこんにゃく座「創立50周年記念公演第1弾」と銘打った公演、眞鍋卓嗣さんの新演出によるものです。

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 1992年に初演されて以来、オペラシアターこんにゃく座は、学校公演も含めて毎年上演を重ねています。このオペラのオリジナル版は、。。。予算的にピアノ1台しか使えないためオーケストラの代替ではなく。。。あえて「ピアノ1台」とのアンサンブルであることを意識的に打ち出した「ピアノ・オペラ」です。

 1999年かその前の年だったか、林光さんから突然長いお手紙が届きました。若杉弘さんが、びわ湖ホールで「森は生きている」を、ぜひ新しくオーケストラ版を作ってやってほしいと言っている。自分はオーケストレーションはしない(時間がないのか、その気はないのか、どっちだったんだろう)、そこで誰かにオーケストレーションしてもらうとしたら誰だろうか…と相談したら、若杉も自分も、吉川さんにやってもらいたいと同時に考えた…などという驚天動地の内容でした。すぐに光さんに電話をして、「いや、光栄至極なお話ですが、これ全曲ですか」などと間抜けなことを聞いたことを記憶しています。だって、ピアノスコアで200ページ以上あるのだから、オーケストラ・スコアにしたら何百ページになるのかわからない。でも、「うん、そう」みたいな涼しいお返事。

 段数の多い五線紙を大量に買い込み、少しずつオーケストレーションしては、毎週のように下北沢の喫茶店で光さんに見てもらい、次の部分を打ち合わせる。ここはこの楽器だね、と細かく言われることもあるけれど、すべて任せてくださったところも多かったです。あ、ここはちょっとイメージがあってね…と、書いていったのと違う楽器を指定された部分もありました。ほんの数小節だったけど、そこは光さんのこだわり。私がオーケストラ版として選んだ楽器が、偶然だけど、演劇版「森は生きている」として最初に作られた時の編成とまったく同じだと、光さんは嬉しそうでした。

 でも「十二月のうた」はとても大切だから、私にはオーケストレーションできません、ここだけは光さんぜひやってくださいとお願いしたら、そう?って。直前と直後の部分を私が書いて、「十二月のうた」そのものは光さん、そこだけはオーケストレーションのリレー。

 はじめに書いたように、「ピアノ・オペラ」ということを強く意識して作曲された作品(だからご自分ではオーケストレーションしたくなかったのかしら)。オーケストラ版になっても、その機能を失わせたくないということで、オーケストラ版だから少しは楽になるのかと想像したピアニストを裏切るほど、ピアノはオーケストラの中心にいます。それも光さんの意向。たとえば、今回の公演の指揮者・寺嶋陸也さんもプログラムに書いてくださったのだけれど、冒頭の合唱の部分、作曲家だったら誰でも大オーケストラを鳴らしたくなるであろう、グランドオペラの幕開けの堂々たる楽想です。けれども、冒頭はピアノで開始して、吹雪の場面からオーケストラが入るようにしようというのは、光さんのアイデアでした。初演の時に、オーケストラ版なのに、なぜピアノだけから始まるのだ、吉川はアホか(とまでは言わなかったと思うけど、それに近いことを)言った人がいました。わからないことはないけれど、作品の捉え方をまったく間違えています。光さんの、「ピアノ・オペラ」としての機能を手放さないという意思は、全曲をオーケストレーションするうえでの重要な指標となりました。ただ、そんな具合に細かく打ち合わせしたので、光さんの意向は反映されていますけれど、書かれた音の最終的な責任はもちろん吉川にあります。

 オーケストラ版は、2000年2月にびわ湖ホールで初演されたあと、こんにゃく座が直ちに東京で上演しました。寺嶋さん、こんにゃく座音楽監督の萩京子さんと三人で温泉に泊まり込んで(合宿して)、スコアの音を確認したのも懐かしいことです。仕事はさっさと済ませて、温泉で遊ぼうとたかをくくっていたのだけど、何とも手強いこと!確認を要する音が膨大で、とても多くの時間を費やしてしまいました。

 このたびはこんにゃく座としては何と16年ぶりの再演だそうです。そんなに時間が経ったとはびっくりですが、初日の客席でオーケストラ版の音を聴いていたら、あぁ、この部分は光さんからアイデアをもらったんだなとか、最初にオーケストレーションして見てもらったのはこの曲(「一瞬の今」)だったなとか、いろいろなこと、特に光さんとやり取りを重ねたことなどが思い出されて、こみ上げてくる気持ちがありました。

 コロナ禍が予断を許さない状況で、入場できる人数は会場定員の半数を限度とするという制限があり、満員のお客様をお迎えできない。本当に悔しいし残念です。この素敵な作品を、多くの人々と心おきなく楽しめる日が早く来ることを願うばかりです。

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