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【開幕レポート】寄せては返す不在と孤独。生と死のあいだの永遠と一日|ミクニヤナイハラプロジェクト『船を待つ』

慣れ親しんだ吉祥寺シアターの姿はそこにはなかった。常設の客席は撤去され、吉祥寺シアターはだだっ広い空洞となった。空洞には、失ったものを思う寂しさが漂っていた。

それは、本来の姿に還ったという、ただそれだけのことなのかもしれない。私たちが身勝手に意味を与えてきたその空間は、本来はただの空洞だったのかもしれない。だからそれは、不在とは、別れとは、本来は悲しいことではないのかもしれない。だけどどうしても、私たちはかつてそこにあったものに思いを馳せないわけにはいかないのだ。

ミクニヤナイハラプロジェクトを知る人は、あの速射砲のような言葉の弾丸と膨大な運動量が生み出す、圧倒的な生命力に満ちたエネルギーを浴びることを想像して劇場に向かうだろう。そして目にするのは、かつて圧倒的な生命力を放っていたものたちが、生と死の狭間に立ち止まり、孤独と向き合い、人生という不条理に対する終わりのない問答を繰り返す、三人の俳優たちの美しい姿だ。

そこには寂しさが満ちている。空しさすらも感じるかもしれない。だがその姿は、その空間は、どうしようもなく美しいのだ。死を身近に捉え、抗うことのできない寂しさを纏い、そうしてはじめて生まれる生命の美しさを、私は三人の俳優の背後に見た。私はこの作品を、人生という不条理、死と別れという悲劇に向き合い、不在を思いながらそれでも残されたものたちが生きていくための人間賛歌として捉えた。

音がよく響いていた。空間が埋められ、劇場としての姿を形成する過程で失われてしまった、本来の響きがそこにあった。「ヘイ、ゴドー!」と呼びかける声が、何度も儚く鳴っていた。どこにも行きつくことのない空しさがからっぽの空間に反響し、孤独が小波のように寄せては返す。船はまだ来ない。

だが、それでいいのかもしれない。私たちは永遠にやってこない船を待ちながら、やがて静かに死んでいく。それはどうしても不条理で、抗いようのない真実だ。

だが、それでいいのだろう。船はまだ来ない。私たちはわけもなく、死ぬまで静かに待ち続けるしかないのだ。そしてそれはたぶん、そんなに悲しいことではない。人間は、人生はきっと、こんなにも美しい。

こんなにも吉祥寺シアターという劇場を、儚く、空しく、そして美しいと感じたことはなかったかもしれない。そしてそれは、人生に対しても言えることだ。

(文:小西力矢 写真:前澤秀登)

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ミクニヤナイハラプロジェクト『船を待つ』

矢内原美邦が描く現代版「ゴドーを待ちながら」。船を待つ人々の異なる想いが交差し、時のなかで運命の出会いや別れが紡がれる。永遠の船着場で彼らの孤独は謎めいた方向へ向かっていく。

3月23日(土)19:30
3月24日(日)14:00/19:30
3月25日(月)19:30
3月26日(火)休演日
3月27日(水)19:30
3月28日(木)14:00〇/19:30
3月29日(金)14:00〇/19:30
3月30日(土)14:00〇/19:30
3月31日(日)14:00
〇=大阪公演の出演キャスト

公演詳細:ミクニヤナイハラプロジェクト『船を待つ』|吉祥寺シアター(musashino.or.jp)

ご予約:(公財)武蔵野文化生涯学習事業団


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