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禍話⑨カモフラージュの首

 あまり親しくない人の家に呼ばれる、ということを経験したことはありますか。多くの人があるのではないかと思いますが、その時、照れ隠しに引き出しを開けたり、押し入れをを開けたりする人がいますね。開けない人の方が多いと思いますが、私は冷蔵庫を躊躇なく開けて怒られたことがあります。
 それは、さておき、この話は東京在住の大人しい感じのシステムエンジニアのマンションの一室で飲み会をした時の話です。その部屋は立地が良いわりには家賃がびっくりするほど安く、近所に踏切があったので、これは巷で言う「事故物件」なんではないか、とひそひそ話したりしていました。
 でその部屋で飲み会が始まり、宴もたけなわという時に悪い癖がでて私は「ここには何かエッチな本とか、あるんじゃないのー」とか言いながら、押し入れをすっと開けました。
 下段には下着を含めた衣服の類が詰め込んでありました。視線をふと上にあげると上段には大量の生首が、といっても美容師が練習用に使う作り物の生首が並べてあったのです。
 私はすっかり酔いが醒めてしまったのですが「あれ、君、美容師でも目指してたっけ」と半ば上段で尋ねると「いおや、それは入れておくといいんだよ」などと家主は不明瞭な返事をします。
 不気味な押し入れが有る点は気になりましたが、泥酔していたのでその部屋に一泊することになりました。家主も含めて3人ほどが酔っ払って眠り込んでいました。深夜2時過ぎでしょうか、ふとトイレに行きたくなって私は目を覚ましました。すると背後からガタンゴトンと妙な音がするのです。私は寝ぼけた頭で(貨物列車かな。近くに踏切もあったし。いや、こんな深夜に走っていないだろう。)と考えました。何より、そのガタゴトいう音は窓の外からではなく明らかに押入れから聞こえていたのです。私は「うわっ」と思いましたが、寝ている人たちを起こすのも忍びなかったので、思い切って押し入れを開けました。すると、押し入れの上段、生首の群れの中で一つだけぐるぐる動いている首があったのです。私は思わず叫び声をあげそうになりましたが、背後で「だめだよお」と家主の声がしました。「開けちゃだめだよ」

 後ほど家主から聞いてみると、この部屋を内覧した時に既に押入れの上段に作り物の生首が一つあったようです。とにかく家賃が安かったのでこの部屋に決め、押し入れの生首も深夜にぐるぐる動くぐらいで悪いことはしない。深酒をすれば大丈夫などと言っていました。しかし、さすがに気になるので木を隠すなら森の中だという発想から、知り合いの美容師に連絡して大量の練習用生首を仕入れてごまかしているというのが真相のようです。
 家主はまだその部屋に住んでいますが、その部屋には近寄らないようにしています。 

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