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禍話⑩地蔵マンション(前)

「あるマンションの部屋の中にお地蔵さんがあるって話があってね」
「部屋の中に?不思議だね」
「10年以上前の話になるんだけど。両親と一人息子仮にA君としておこう、核家族ってやつだね、それとお父さんとその息子こっちをB君としておいて、父子家庭だね。二つの家族があったんだけど、双方の息子が同級生だったんだけど、B君がA君を階段で突き飛ばしたかなにかして、打ちどころが悪かった、頭を強く打ったんじゃないかな、病院に運ばれて意識が戻らないくらい大きな怪我を負ってね」
「そりゃ大変だね」
「で、問題はB君が全く反省していないってところでね。「自分は悪くない、Bが悪い。泡なんて吹いて馬鹿みたいだ」とか言ってね。お父さんはすまなそうに何度も謝るんだけど、B君の態度が悪くって一向に謝ろうとしない。A君の両親はA君が大怪我を負ったことで落ち込んでいてね、一人息子だったから。B君を怒鳴りつけたりはしなかったらしいけれども」
「A君はずっと病院?」
「幸いなことに意識は回復したようだけど、すぐには退院できなくて、後遺症も残ったみたいだよ。A君の両親はずっと病院にいて、心配した親族が「あんたたち、ずっと付きっきりで疲れてるだろうから、一度家に帰ったら」と勧めてくれて、それで家に帰ったんだけれども、ショックからは立ち直れなくてね、冷蔵庫でキンキンに冷えていたビールを飲みながら相変わらず落ち込んでいたみたいだけど。その日の晩、かなり遅い時間になってからチャイムの音がする。誰かと思えばA君のお父さんがすまなそうな顔をして立っていた。B君はいなかったので、何の用だろうかと思って「どうしました?」って聞いたら「やっと息子に言うことを聞かせましたから、ちょっと家まできてください」って言うんだね。もう夜も遅かったから明日でいいよ、とA君の両親は思ったんだって。お酒も飲んでるし。でも「どうしても」っていうから「分かりました」って言って外に出た。B君のお父さんに気圧されたというかね、ちょっとこれを断ったら自殺でもされるんじゃないか、なんて考えが頭をかすめるぐらい憔悴した様子だったからね。石鹸の香りがかすかにしたから変に思ったりもしたんだけど」
「それで部屋に行ったんだ」
「明かりを付けっぱなしにしてたから見えたって言うんだけど、扉を開けると玄関が既に血溜まりになっていた。傘立ての中には血塗れでボコボコに凹んだ金属バットが突き刺さっていた。すぐに「あ、これはB君を殴り殺したな、しかも風呂入ってから家に来たんだ」って勘付いた。で、B君はというと玄関で土下座をしているような格好で死んでいて「やっとこいつも詫びる気になったようで」B君のお父さんの言うことなんか聞いてる場合じゃないわな、殺人事件なんだから。A君の両親はすぐに外に出て持ってた携帯で通報したって。もちろん直ぐに逮捕された。」
「悲惨な事件だけどお地蔵さんは?」
「それがね、その殺人現場になった部屋、普通の人は当然借りないよね。だから外国人に何回か貸して見たんだけど、どの国の人に貸しても決まって「血塗れで逃げまどう子供」って言われてすぐ別のところに引っ越してしまったんだって。で、あまりにも怖いのでマンションの住人たちがお地蔵さんを作って、供養をしたんだけど、その後、マンションの周りでそれこそ「血塗れで逃げまどう子供」を見たって人がちらほらいて、もうみんなどうしたらいいか分からなくなって、こうなったらあの部屋に直接お地蔵さんを置くしかないってなって。それから「地蔵マンション」なんて言われるようになったけど、「血塗れで逃げまどう子供」を目撃することはなくなったって話だけど。まあそういうマンションがあるんだよ」

(続く)

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