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禍話⑪地蔵マンション(後)

「まあ、という話があったのがもう10年以上前だね。まだ語り伝えられているのか忘れられているのかは分からないよ。個人的には10年って長いように思うけどどうだろうね。そのマンション、車で15分ぐらいのところにあるんだけど、行ってみない?」
 私は先輩が昔から心霊スポットに興味があることは知っていたが、好奇心で「行ってみよう」と言い出すとは思わなかった。
「面白半分で行くのはどうでしょうね。10年前の出来事だとはいえ」
「なあ、10年は長いか短いか、どっちだと思う?」
 先輩は「部屋に忍び込もうとかは考えていないから」と言いながら車を出した。私は渋々従った形だが、嫌になれば車から出なければいい、と高を括った。
 先輩は近くのコンビニの駐車場に車を止めて、スマホを見ながら「こっち」と言いながら歩いていった。私はどこにいくのか皆目見当がつかないのでただ後ろについて歩くだけだった。
「ほら、この掲示板、見てみろよ。この辺りだぞ」
  掲示板には古ぼけた紙が貼り付けてあった。「当マンション4〇○号室に遊び半分で入らないでください。何が起きても当方では責任を持ちません。自治会」
 先輩は目に見えて元気を失っていったが「分かった。部屋の中には入らないよ。でも扉の前までとは言わないよ。フロアに行って遠くから見るぐらいならいいだろう。」
 私は先輩が部屋に入る気でいたことに心底驚いたが、掲示板を見てその気もなくなったらしい。
「フロアを見るだけですからね」
 夕方はとっくに過ぎていた。辺のマンションの廊下にはとっくに明かりが灯っていた。当のマンションの入口付近には注意書きのようなものはなかった。しかしながら、暗黙の了解が成立し、エレベーターは使わず、階段を使って四階に向かった。
 階段を上りきると、真っ暗なフロアに出た。真ん中に廊下が一本通っていて、その両側に扉が互い違いにあった。周囲のマンションの廊下に明かりが灯っていたの確認済みだがこのフロアのには電灯が灯っていない。故障でもしているのか、と私はスイッチを探った。
「おい、気をつけろよ」先輩は怯えた声で言った。
「暗いほうが怖いでしょう」私の声もなぜか震えていた。
 スイッチを押すとパッと電灯は灯った。やはり故障はしていなかったらしい。だが、それどころではなかった。先輩と私は同じ光景を目の当たりにしたのだった。私はすぐに電灯を消した。そしてなぜこのフロアに電灯が灯っていないのかという疑問に答えが与えられたと信じた。
 床や壁だけではない、天井にまで人間の手汗でついた手形のようなものが無数についていたのだった。まるでフロア中をやもりが這い回っていたかのように。
「血塗れで逃げ回る子供って言うのは」先輩が言った。
「もうそれ以上はやめましょう。10年前の話なんですから」
 

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