禍話①山主往生

 ある高校に事務員として働いていた女性から知人が聞いた話です。

 その高校の裏山に一人のホームレスが住み着いていました。当時は学校のセキュリティもそこまで厳しくありませんでした。ホームレスは購買部が廃棄する食料が目当てで校舎をたびたび訪れていました。学校側も警戒をしていて何度も警察に相談しましたが、そのホームレスは警察の上層部の親族だかなにかで、取り締まりに消極的でした。ホームレスの行動は徐々にエスカレートし、廃棄された食料を漁るだけではなく、校舎に侵入して便所で用を足したり、水道で顔を洗っていたりするようになったようです。

 四月になって、若い女性教員が赴任してきました。その女性教員はとても美人で人当たりもよく、すぐに学校内のマドンナのような存在になっていきました。事件が起きたのはそれから数カ月後のことです。例のホームレスが校舎に侵入してその女性教員にセクハラを働いたというのです。具体的には胸を触ったりしたようです。女性教員はショックでしばらく学校を休まざるを得ず、日頃からホームレスを憎んでいた学生たちは怒りに駆られました。

 まだ女性教員が復帰する前のことですが、事務員さんは今まで嗅いだことのない錆びたような臭いを感じました。その臭いの元を確かめようと、事務員さんは裏山を探索しました。ホームレスが住んでいたブルーシートで出来たテントがバラバラに解体されて近くの窪地に廃棄されているのを見つけました。あたりをしばらく探してみると、金属バットか何かで撲殺されたホームレスの死体が草むらに転がっていました。事務員さんは急いで職員室に走って行きましたが、その途中で年季のいった木製の大きな看板に筆で「山主往生」という四字が大きく書かれた紙が貼り付けてありました。

 あとで調べたところによると「山主往生」とはお寺の住職が亡くなった時に門前に立てる駒札に書かれる言葉だそうです。つまりホームレスを山主、つまり寺の住職に見立てたのです。それにしても殺害しておいて「往生」とは残酷な話です。

 ホームレスの遺体は病死ということで片付けられ、大きな騒ぎにはならなかったようです。警察からも疎まれていたということでしょうか。

 話をしてくれた事務員さんが務めていたのは仏教系の高校で、そこに通っていた学生が何かの偶然によって「山主往生」の四字を知ったのでしょう。事務員さんはあれほどまでに不吉で恐ろしいものを見たことはないと語っていました。(和田文也)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?