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禍話②Wさんの部屋

 僕たち四人はいつも喫茶店でいつものように心霊スポットや都市伝説の話題で盛り上がっていました。僕らは「お化けはいる」という信念で結びついていたのでした。しかし、霊感を持っていたり心霊体験をしたことがある仲間は一人もいませんでした。だからこそ心霊スポットで恐怖体験を経験し、信念を内実を兼ね備えた確信へと変えたいという願望を共有していました。

「あそこの公団の14階の一番奥の部屋がWさんの部屋って呼ばれているのか?Wさんってお前、渡辺さんか和田さんかに決まってるじゃないか。セコムをSコムって言うようなもんだぞ。」「でも、具体的にどうなるのかはっきりしないけど、体験者はいるし、人生観変わるくらいの体験をするって噂ですよ?」「本当か?開きっぱなしの部屋が生んだ噂じゃないのか。よし、確かめに行こう」

 深夜2時、僕らは噂の公団の前に集合しました。その公団は正面から侵入出来ませんでしたが、非常階段からは入れるという実にいい加減なセキュリティをしていました。階段で14階まで上るのは難儀だろうと思いましたが、入れないことはない。さて、と僕が公団を見上げていると、急にスマホが鳴りました。喫茶店の店長からでした。「はい。こんな時間にどうしたんですか」「悪いことは言わないから、例の部屋には行かないほうがいいよ。やめたほうがいい。」「え?」電話はそこで途切れました。「誰よ?こんな時間に」「あそこのマスターからだよ。部屋にいくのやめとけって言ってすぐ切れた」「ええ?」さっきまで比較的乗り気だった3人の顔色が曇り、怯えたような身振りをし始めました。「お前だけでいってこいよ。俺たちここで待ってるからさ」「俺も待ってる」もうひとりも黙ってうなずきました。僕らは学年もバラバラ、学部もバラバラなのにも関わらず仲良くやってきたのに土壇場でこれはどうしたことか、と僕は少し落胆しました。「ほら、スマホもマナーモードにして、デジカメ貸してやるから。」「はいはい」

 僕は半ば投げやりな気持ちで、足取り重く非常階段を登り始めました。「長いなあ」途中で休憩を挟みながら14階の一番奥の部屋を目指しました。公団の前で待っている三人の姿もすでに見えなくなっていました。「着いた」ドアノブは確かに回りました。鍵は掛かっていません。「全く、管理しようとは思わんのかね」当然ですが部屋の中は真っ暗で、埃っぽい臭いがしました。ライトで部屋の中を照らし出すと最低限の家具の類があるだけで、カーテンも掛かっていませんでした。デジカメで何枚か写真を撮りましたが、オーブと言うのですか、それ一つ、写りません。深夜2時に真っ暗な部屋に一人いてもあまり怖くないので、もう少し粘って、写真もたくさん撮りましたが人影一つありません。「Wさんの部屋っていうのはやはりデマなのかな」

 僕は部屋から出て、長い長い非常階段を最後まで降りました。途中、スマホをマナーモードにしていたことを思い出して画面を見てみると、20件以上着信がありました。3人からでした。「なんだろう」公団の前には誰もいませんでした。「一人で行かせて置き去りはないだろう」僕は再び友情についてしばし思案していましたが、スマホが鳴ったので電話に出ました。「今どこにいるんだよ」「お前、本当に佐藤か!佐藤だよな!」「そうだけど、今どこにいるんだよ」「近くのコンビニだよ、詳しくはそこで話すから、早く来いよ」

 歩いて5分もしないうちにコンビ二が見えてきました。車が一台止まっていて、人影が三つありました。「よかった、本当に佐藤だ!」三人はほっと心を撫で下ろしたようでした。「何があったんだよ」三人のうちで最年長の高橋は詳しく話し始めました。

「公団の前でお前が14階のWさんの部屋へ行くまで見送ってたんだよ。お前、着いてすぐ部屋入ったろ?その三秒後ぐらいにお前と全く同じやつが部屋から出てきて非常階段をとっととっとスキップして降りてくるんだよ。「え?」と思ってお前に電話掛けたけどお前出ないだろう?あっという間に階段を降りきって、そのままこっちへスキップしながらこっちに向かってくるんだよ。車の近くにいたから三人で乗り込んで、そいつから必死でコンビニに向かったんだけど、その間にお前にまた電話掛けまくったんだよ。コンビニまでは追ってこなかったから良かったけど。めちゃくちゃ怖かった」「はあ、そうなんですか。」高橋は興奮しながら恐怖体験を語るのですが、同じ体験を共有していない僕は困惑してしまいました。

 ここからは後日談になります。「で、Wさんの部屋で何が起こったのよ。渡辺さんだか和田さんは出たのか。」僕はデジカメを高橋に手渡して「何も」と言いました。「本当に何も写ってないな。」その時高橋が、突然「あっ!」と大きな声を出しました。「Wさんの部屋ってイニシャルじゃなかったんだ!W(分身)ってことだったんだよ!」高橋とあとの二人はなるほど、と納得したような面持ちでしたが、僕からするとなんとも腑に落ちない話でした。普段寡黙な喫茶店のマスターが「知らなかったの?」と言ったので、僕ら四人はしばらく黙ったままコーヒーを啜っていました。(和田文也)

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