デンマーク海峡の海鳥

ルードヴィック・ケネディ著「追跡~戦艦ビスマルクの撃沈~」の一節。

「On his way to the bridge superstructure Esmond Knight passed his ornithologist friend who shouted at him and pointed excitedly to starboard.」

「上部構造物を艦橋のほうへ向かう途中で、エズモンド・ナイトは、彼に向って叫び、興奮して右舷のほうを指さした鳥マニアの友人のところを通過した。」

対して、内藤一郎氏の訳はというと。「艦橋上部の持場にあがってゆく途中で、エズモント・ナイトは同様に鳥好きでうまの合う仲間の一人に出会った。その男はわめきかけてきざまに右舷の方をぐいと指さした。ビスマルクでも見えるのかと思ってエズモント・ナイトは指される方を向いた。」

「Esmond turned, expecting to see Bismarck on the horizon at least, saw instead what he and his friend had longed years: bobbing contentedly on the water not a hundred yards from the ship, a Great Northern Diver.」

「エズモントは、水平線上にビスマルクでも見えるのかと思って振り返ったが、その代わりに、彼と彼の友人が長年期待していたものを見た。それは艦から100ヤードもない水面で満足そうに揺られている『グレートノーザンダイバー』だった。」

内藤一郎氏訳「だがそこに見たのは敵艦などではなくて、前からこの仲間と見たいなと話し合ってきたそのオオカイツブリが、艦からほんの100ヤードとはない海面にゆったりと浮かんでいる姿だったのである。」

「bobbing」は「make a quick short movement up and down」だというから、「(水面に)揺られている」で良さそう。

Great Northern Diver」とは。グーグル先生によれば、北米沿岸やグリーンランドで繁殖し、冬にはヨーロッパに渡る「ハシグロアビ Gavia immer」のイギリスでの呼び名だという。5月には繁殖地に近いデンマーク海峡に戻っていたのか。

文章を逐語訳ではなく意訳している翻訳家の技には恐れ入るけど、問題はここで出てきた「オオカイツブリ」。これをグーグル先生に調べてもらうと、南米のブラジル南東部からパタゴニアとチリ北部に分布するカンムリカイツブリ属の鳥だという。この点が、以前からずっと疑問だった。

HMSプリンス・オブ・ウェールズが通過したデンマーク海峡にいた鳥がハシグロアビだとしたら、生息地については特に問題がないことになる。それはイギリスでは普通の冬鳥らしいので、「ずっと見たかった」というのは新たな謎ではあるけれど。


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