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微笑む豊穣な大地

イザベラ・バードが山形の置賜盆地を「a smiling and plenteous land,an Asiatic Arcadia‥‥」と表現した件。
ギリシャのアルカディア地方を(田園の)理想郷だと讃えた事の始まりは、古代ローマのヴェリギリウス Publius Vergilius Maro が書いた詩作「牧歌 Eclogae 」  によるものだという。
その詩を読み影響されたのは都市ローマの市民であり、後世の作家や画家だったということになるけど、彼らは皆、行ったことがない土地を美化して想像し、憧れていたのだろう。

現実のアルカディア地方は山に囲まれて他と隔離された、降水が少なく疎林や草原が広がる高原であり、そこに暮らす住民は牧畜やオリーブの栽培等で生計を立てている過疎地帯らしい。

イザベラ・バードが観た置賜の農村は、米のほかに様々な工芸作物や野菜、果樹(ざくろが多い?)を豊富に産する土地であり、自作農が自らの農地を勤勉に耕作する、見事な景観を持つ村々だったという。
そうすると、ギリシャのアルカディアとの共通点といえば、四方を山岳(蔵王、飯豊、朝日、吾妻)に囲まれた土地であることぐらいか。
空想上の理想郷ではなく、彼女が現実に見聞きした範囲での「微笑む、豊穣な大地」。

実際には夏期には水不足があり、河川が短いので大雨で洪水が起きやすく、「腰まで浸かる」泥炭質の湿田が多い、見た目ほど楽な土地ではなかったようだ。これらの問題が解決したのは昭和に入って農地整備が進んでからだという。
とはいえ、江戸期から多くの人口を養える、実際に豊かな地域だったことには違いない。上杉鷹山の改革が功を奏したこともあるのだろうな。

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