コードネーム"偽善者"

皆さんは、面と向かって「あなたは偽善者ね」と言われたことはあるでしょうか。

私は22年間生きてきて、自分が偽善者であるという自覚は全くなかった。自覚がなかったからこそ、その指摘は大々クリティカルヒットだった。


3月上旬、軽音サークル引退直後のお話。
卒業生追い出しライブを終えた私達は、大学の宿泊所で卒業合宿を行った。

就活も勉強もサークルも終えた(数人を除く)大学生を集めたら、まあ呑むよね。お酒を呑むほかないよね。
冷蔵庫には入るだけの缶チューハイを詰め込み、屋外でビールを冷やす。「1ヶ月後には社会人」という恐怖を胸に、一所懸命呑んで、話をした。



その結果、酔った女共が大暴れ。

手に負えない女共を諌める役が、私に回ってきた。
まあぁぁぁぁぁぁああ、大変だった。今まで酒で周りに迷惑をかけてきたツケだ。

女共が寝静まった朝方4時、男4人と私で1つの空き部屋に集まった。暴れまくった酔っぱらい共の介抱や仲裁で疲れ切った私達。完全に悪口ムード。

やっと寝静まった奴らに仕返しをしてやろうかと、様々な悪巧みをした。実行こそしなかったが、散々人を馬鹿にして、夜が明けるまで腹の底から笑い続けた。

その中で、悪巧みを実行するとしたらコードネームが必要だな、という悪ノリが始まった。サークル1のお調子者が、ひとりひとりコードネームをつけていく。

悩むことなく小気味よく、しかし的確にあだ名がつけられていく。お調子者といっても、彼の人を見る目はバツグンだ。私も信頼している。


さて、私の番。彼はいつものニヤケ顔で、しかし私の目を真っ直ぐ見て言った。

「コードネームは偽善者ね。」

巻き起こる笑い。いい得て妙と言わんばかりに、皆手を叩いて笑っている。

え、皆そんなふうに思ってたの。

一瞬戸惑った。しかし、そういうノリだし楽しいからいっか、とあまり気にせずにその夜を過ごした。






…嘘をついた。
悪巧みは実行した。
(成功したかは別として)

自分でも恐ろしいのが、そのことを書き終えるまで忘れていたことだ。

反省していないのだろう。忘れていたのだから。
こういうところ、偽善者。

悪いことをするのは嫌だった。でも空気を壊すのが怖くて加担した。

いや、それも嘘か。空気を壊すことへの恐怖より、楽しさのほうが勝っていた。好きでやっていた。そのくせして、翌朝はいい人の面で過ごした。

私のこういうところを、きっと見抜かれていたんだろうな。


大人になり、周りのことで自分が許容できないことや、自分の嫌な部分から目を逸らすようになった。過剰に内省して苦しくなることが減り、目を逸らすことに嫌気がさすこともなくなった。

「臭いものには蓋」か。よく言ったものだ。

東京を歩く。有名テレビ局のほど近く、高架橋の下でホームレスが寝ている。そこから10分歩くと、銀座に着く。その頃にはもう、ホームレスのいびきのことなんて忘れている。

偽善者か。そうなってしまったのか。
自分を俯瞰する目を、都合よく閉じることができるようになったのは、喜ぶべきことなのだろうか。

この記事を書いているのは、偽善者から脱却したいという残された良心からなのか。

もしくは、自分の悪い部分に気付いて傷ついていることをアピールしたい偽善者だからだろうか。


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