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シンシナティベンガルズ

アメフトの試合を観ることが好きだ。

弟が高校でアメフト部に入って、その影響で僕もNFL(アメリカのアメフトリーグ)や弟の試合を観るようになった。
アメフトは新参者を歓迎してくれないスポーツだ。
ルールが複雑すぎる。
試合を観てると審判が違反行為を知らせるイエローフラッグを投げることがよくあるが、なにが反則かよくわからない。
それでも弟と一緒に観てルールを学んでいき、今ではそこそこ理解してるつもりである。

アメフトでは11人のフィールドプレーヤーがいて、それぞれにそれぞれの役割が与えられる。
QB(クォーターバック)はオフェンスの司令塔で、それぞれのプレーヤーに指示を行い、正確にパスを出す。
RB(ランニングバック)はQBからボールを受け取って走ることもあれば、おとりになることもある。
QBのパスを受けるレシーバーそれぞれにも役割があり、どこをどう走ってパスを受け取るとかおとりになるとかQBから指示を受ける。
そしてガードはQBを守り、それぞれが指示通りの配置につきQBがパスを出すまでの時間を稼ぐプレーヤーである。
それぞれのプレーヤーがQBの指示一つで動き、それぞれの役割を全うし、パスが通ってタッチダウンできたときはとても興奮する。

僕はある夜、NFLの試合を観ていた。
試合は僕の推しチームであるシンシナティベンガルズが同地区のライバルをホームで迎えての一戦である。
試合開始まで少し時間がある。
僕は少しベッドに横になった。

しばらくして気づくと僕は試合前のプレスルームにいた。
「どうしてあなたはアメフトをするのですか?」
記者が問う。
どうしてと聞かれても僕は気づいたらここにいたとしか言いようがなかった。
周りの選手は、
「スーパーボウルに出て名声を得たい」
とか
「俺の実力を証明したい」
とか
「家族を養うにはアメフトしかなかった」
とか話しており、中には
「ただ楽しいから」
なんて話す選手もいた。
僕は記者の前で何も答えられない自分が情けなくて、周りの選手を羨ましく思った。

記者会見の後は試合前の練習が始まった。
僕は芝生の感触とか楕円型のボールをキャッチする感覚に少しずつ楽しいと思えるようになっていた。
でもどこかで周りの才能や夢や理由を持ってフィールドに立っている選手たちに申し訳ない気持ちもあった。

いよいよ試合が始まる。
監督が僕に
「前半は控えで他の選手の動きを見てろ。後半から使ってやるから準備しとけよ」
と声をかけた。
前半は監督の指示通り、僕は先発の選手たちの動きをとことん研究した。
最初はただ圧倒されるだけだったが、慣れるにつれて僕だったらこう動くのになんて生意気さが頭をもたげては隠れたりしていた。

後半もしばらく経って出番が回ってきた。
試合は残り時間わずかで1タッチダウン差で負け。
僕は緊張とプレッシャーと根拠のない自信が入り混じった状態でフィールドに立った。
QBの選手が指示を出す。
僕はその指示を注意して聞いてるつもりだったが、細部を聞き逃していたらしい。
最後の動きが分からず、フィールド上で迷子になったり、指示通りに動けていれば取れたパスを落としたりした。
そんなことが続き、僕は次第に自信を失い、逃げ出したくなった。
でも逃げ場はなかった。
試合は3ダウンで10ヤード。
逆転するために監督はギャンブルを選択。
ここを落とせば負けは確実だ。
僕は逃げ出したい気持ちを抑えて、せめて邪魔はしないようにしようと配置につく。
QBの指示で僕らは動き始める。
僕は今回も指示を完全には理解できなかった。
でも、セオリー通りではない僕の動きは相手を翻弄したらしい。
視界が開け、QBが僕にパスを出す。
僕はがっちりとボールを受けると走り出した。
僕は一心不乱に走った。
12ヤードぐらい走って、相手選手のタックルを思いっ切り受けて僕は倒れ込んだ。
痛かった。
1人2人ほどの選手が僕のもとに駆け寄って僕を起こそうとしてくれた。
でも起き上がれず担架で運ばれた。
吹っ飛ばされないぐらいに鍛えとけよという目をする選手もいればよくやったと褒めてくれる選手もいた。
試合は結局、逆転するには十分な時間がなくて負けた。

やっと起き上がれるようになった僕は医療チームに感謝を伝え、スタジアムを出た。
スタジアムの外では熱狂的なファンに
「もっと練習しろ」
とか
「お前のせいで負けた」
なんて言われた。
でも1人のファンが
「あなたのプレーに元気づけられました」
と声をかけてくれた。
僕は嬉しかった。
今だったら僕はその人のためにアメフトをすると胸を張って答えられそうな気がした。

気づくと僕はいつもの寝室にいた。
レンガ風の壁紙は剥がれかけて、時計は5分早い時間を示していた。
すべてがいつも通り。
でもなんだか僕は社会で生きていける気がしていた。

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