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原付ライダー青春グラフィティ (3)

3.原付バイクの魅力

 原付バイク、特に原付一種50ccバイクの魅力は、何といってもその動力源が「極小排気量の内燃機関」である点に尽きる。

 2スト、4ストを問わず、「50ccエンジン」のシリンダーがいったいどれくらいの大きさなのか、具体的にイメージしてみよう。例えば、1981年に発売され、7.2馬力の2スト水冷エンジンを搭載して50ccスポーツバイクの頂点とも言われたヤマハRZ50、そのシリンダーの内径(ボア)は40mm、行程(ストローク)は39.7mmだ。直径4センチ、高さ4センチの容器と言えば「お猪口」や「ショットグラス」のサイズだ。ちなみに「ヤクルト」の容量は65ccだから、シリンダーの内部はあのヤクルトの容器よりも小さい。ヤクルトよりも小さい容積のシリンダー内で混合気が爆発し、それによって直径4センチに満たない小さなピストンが上下することで、車重とライダーの体重を併せて150kg近い重量の物体を時速100Kmで走らせる力、エネルギーを生み出しているのだ。驚異的な話だと思えないだろうか?

 精緻なメカニズムを持つ高性能50ccエンジンは、機械工学の進歩が生み出した芸術・至宝とも言えるし、その50ccのエンジンを搭載した高性能スポーツバイクは、ある種究極の乗り物とも言える。バッテリーとモーターで動く、バカでも設計できる電動バイクなんて、正直言ってクソくらえだ(電動バイクの開発者のみなさん、ゴメンサイ)。

 ちなみに、1気筒分のシリンダーのサイズだけを見れば、50ccよりも小さいものが存在する。いや「存在した」と過去形で書くべきかもしれない。確かに、現在に至るまで市販車では50cc単気筒だけが、最小サイズのシリンダー1つで走っていた唯一の事例である(2気筒ならヤマハのHS90等が45ccシリンダーの2スト2気筒車を、またホンダ「ピープル」など一部のモペットが24ccなど極小エンジンを搭載していた)。しかし、かつての世界モトGPの50ccクラスでは、2スト、4スト両者でレーサー用に50cc2気筒、4スト車で125cc5気筒といった、1気筒が25ccというエンジンが実用化された時代がある。この話は後章で少し詳しく触れるが、1960年代から国際ロードレースに本格参入したホンダ、スズキ、ヤマハの3社は、特に50ccクラスでエンジン技術の粋を詰め込んだレーサーを開発し、実績を挙げてきた。そして、その競技用ロードレーサーで培った技術を、市販車にフィードバックしてきた経緯がある。

 だから、この50cc車に代表される小排気量バイクを操る面白さは、まさに「技術の粋が詰まった小さな乗り物」の性能を限界まで引き出す面白さなのだ。昨今流行りの「ミニマル」という言葉に相通じるものがある。

 原付バイクの魅力、優れた点は、性能以外にもたくさんある。まずは新車価格も維持費も安い。小さくて軽いから取り回しがよいし駐車・保管場所に困らない。燃費が良く経済性に優れる、整備が容易…など、そのメリットを挙げれば枚挙に暇がない。

 小排気量のバイクは、一般的に構造がシンプルだ。エンジン、吸排気系、駆動系、電装系など細かい部分まで自分で調整し手を加えることがたやすい。エンジンや吸排気系、駆動機構、車体周りの好不調を肌で感じることができる。

 そしてこれが最も重要なことなのだが、小排気量のバイクは周囲に与える威圧感が少ない。ツーリングで見知らぬ土地を訪れ、道端に駐車しても、さりげなく風景に溶け込むことができる。デカいナナハンなど、存在自体が威圧的な大型バイクではこうはいかない。そして僕の個人的な感覚だが、原付バイクは「見て可愛い」という点も大きかった。

 小排気量のエンジンはパワーバンドが狭い。特に2ストの高馬力エンジン、5速以上のミッションを持つスポーツバイクで、その加速性能を十分に引き出すためには、タイミングのよい頻繁なシフト操作が必須だ。シフトタイミングが狂えば、スムーズな加減速と俊敏な走りは望めない。

 小排気量のバイクは、性能をめいっぱい引き出さなければ、スムーズに走れない。だからこそ「乗り物をコントロールしている」という実感を味わいながら走ることができる。例えば5速ミッションを持つ高性能原付ロードスポーツで、街中や郊外道路をトップギアで40Km/h前後で走っているとすると、そこから変速せずにアクセルを開けても加速は非常に鈍い。緊急時に加速するためには、最低でもギアを1段落とすか、下手をするとギアを3速まで、つまり2段落とさなければ俊敏な加速は望めない。原付バイクでゴーストップ、加減速の多い街中をスムーズかつ俊敏に走行するためには、エンジン特性とパワーバンド、各ギアの変速比を体で覚え、自分の手足のようにシフト操作を行う必要がある。

 タイトなコーナーが続くワインディングロードなどを50km/h前後でレスポンスよく走り続けるためには、トップギアで走行中にコーナー直前でフルブレーキングして30Km/hに落としたら、ギアを場合によっては2速まで落とし、立ち上がりにフルスロットルにしながらギアを3速、4速と上げていくという操作を繰り返す必要がある。こんなことが楽しいのだ。同じようなシチュエーション、ナナハンなどの大排気量車なら4速にでも入れておけば、オートマと同じでアクセルの開閉だけで走れるが、それじゃ運転は面白くない。バイクは排気量が大きくなるにつれて、「横着な運転」できてしまうのだ。

 1970年代後半から1980年代初頭にかけては、先に書いたように90cc以下の原付バイクが70~80車種もラインアップされていた。特に50ccバイクは百花繚乱で、7馬力を超えて6速ミッションを備える高性能ロードスポーツを中心に、フロント21インチ、リア18インチのフルサイズのオフロードバイク、トライアルバイク、ホイールサイズが14インチ以下のバラエティに富んだレジャーバイク群、そしてスクーターなど、好みに合わせてよりどりみどりで車種を選ぶことができた。

 また、当時の原付バイクは高性能だった。特に2スト車はそうだ。「高性能」という言葉の意味を、安全性や耐久性などを含めて深く考えると話は面倒になるが、とりあえずは「高性能=速い、加速がよい」としても異論は少ないだろう。だからこそ、1960年代には、バイクのカタログや広告に「最大出力」「最高速」「0-200m」の数値が明記されていた。メーカー各社はこれらの数値を誇らしげに書くことで、自社バイクの高性能をアピールしたのだ。

 例えば、僕は1977年モデルの6.3馬力のRD50に長く乗っていたが、最高速はアクセルを全開にしなくとも軽々と80Km/hを超え、長い直線で伏せ姿勢で全開にすればメーター読みで100Km/h近くに達した。車重は70Kg台だったから、体重50Kgちょっとと軽量の自分が乗れば十分過ぎるほどの加速感、高速走行が味わえたのだ。街中では4速まで使えば十分で、信号停止からの発信で完全に車の流れをリードし、実に小気味よい走りを味わえた。ともかく乗って楽しいバイクだった。

 80年代に入ってすぐに市販された水冷の50ccロードスポーツRZ50で日帰りのロングツーリングに出かけたが、熱ダレを起こさず楽々と80Km/h前後で長時間走り続けることができた。長い直線でアクセルを開け続けた時には普通に100Km/h近くは出ていただろう(初期型RZ50のメーターは確か100km/hまでだったが…)。タイトなコーナーが続くワインディングでは、下りなら中・大排気量の自動二輪を追っかけ回すことができた。ただ、7.2馬力の最高出力は10000rpmで出す。最大トルクは8000rpmだ。速く走るためにはともかくアクセルを開けてブン回す必要があり、6速クロスミッションと相まってパワーバンドは至って狭い。このバイクを全開で飛ばすのは面白いと言えば確かに面白いけど、マジに走るとけっこう気疲れするバイクだった。

 この、2スト水冷エンジンにクロスレシオの6速ミッション、モノクロスサスなどを装備した規制前の7.2馬力のRZ50は、同等のスペックを持つRG50ガンマやAR50などのライバル車とともに、現在の感覚からすると想像できないような高性能の原付車で、今考えると40年も前によくこんな原付バイクを開発・市販していたものだと感慨深い。

 50ccでこれだけ高性能なのだから、これが原付二種、つまり80~90ccクラスや125ccクラスなら、2スト車はもっと完成度が高くなる。…というか、本来の2ストの持ち味はこのクラスでこそ発揮される。2スト車が本来持っている中低速トルクが生かされて、抜群に乗りやすくなるのだ。1976~7年当時、自分がミニバイクレースで乗っていたGT80やGR80、そしてカワサキのKM90などは、いずれも抜群に加速力があり、小径ホイール車にも関わらず50km/h以上で安定して巡航でき、さほど疲れることなく長距離を走ることができた。そして詳しくは後述するが、70年代初頭の僕の愛車カワサキ90SSは、最高速は余裕で100km/hを超え、比較的大柄な車体と楽なライディングポジションで、淡々と1日100~200km程度のロングツーリングをこなすことができた。その90SSで、引っ越しのために名古屋から東京まで1号線を走ったことがあるが、350km以上の距離を早朝から夕方までの10時間で走り切って、バイクはむろん、体力的にも余裕があった。そしてこれも後で詳しく書くが、1981年に買ったカワサキAR80は、完全なノーマル車にも関わらずワインディングや峠道で400ccのスーパースポーツや250ccの2ストレーサレプリカを追っかけ回し、相手を本気にさせた。

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