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『銅人腧穴鍼灸図経』拓本の表と裏を読み解く、に参加してきました

雪がふぶく寒い日、名古屋市蓬左文庫講演会『銅人腧穴鍼灸図経』拓本の表と裏を読み解く —17 世紀前半における東アジアの医学交流— に参加してきました。

鍼灸治療で使われることの多い、「経絡」「経穴」の話だったら、ついていけるだろうか(鍼灸師なのに...)と、日頃の勉強不足を心配しながら、名古屋市の徳川園に到着。蓬左文庫は徳川園の隣にある、尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の古典籍を所蔵している施設です。徳川美術館も同じ敷地内にあります。

『銅人腧穴鍼灸図経』というのは、中国鍼灸医学書の古典の一つだそうで、1000年頃に成立したものとのこと。1000年頃というと、平安時代!ですね。銅製の人体模型と書籍セットで制作されたものなんだそうです。その、『銅人腧穴鍼灸図経』が蓬左文庫に蔵書されていました。その裏紙に使われていた用紙が、本が制作された当時の公文書!だった、さてその内容は、が今回の講演でした。

なぜ、公文書が裏紙に使われたのか、中国、明の時代から名古屋へ渡ってきた経緯は、講師の推測とともに、歴史のロマンを感じることのできるひとときになりました。

研究は現在も引き続き行われており、報告会が開催されるだろう、とのことでした。

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