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あの夏、ボクは「エイジ」を読み耽っていた。

唐突に1987年あたりを振り返ってみようと思う。

ちょうどボクは高2でその頃同じクラスになったHくんと知り合った。

銀縁眼鏡に身長はだいたい160ギリって感じだったから体格はまあ小さい。要するになにが言いたいかって昭和のガリ勉のステロタイプだ。彼の愛聴盤はオメガトライブ脱退直後の杉山清貴、デビューしたての久保田利伸、85年以降の角松敏生。そして愛読書はわたせせいぞうの「ハートカクテル」だった。わたせせいぞうを知ったのはHくんからのリコメンドだったのだ。

実はボク、「ハートカクテル」長い間腑に落ちなかったクチでして。大人のための圧倒的ファンタジーなんだなと自分の中で理解できたのが2000年頃だからかなり反応は遅い。今では大好きなんですけどね。なんせボクの中では江口寿史「わたせの国のねじ式」のほうがインパクトありすぎて(未読の方は読んだほうがいい短編)まともにわたせせいぞうを読み始めたのは2000年代入ってからなんですよ。

Hくんは1987年当時のシティな感覚に憧れてたんだと思う。憧れすぎてとうとう虚言連発。そのうちクラスでも煙たがれる存在になった。


「こないだカフェバーってとこに行ったんだよね」
「ジェイってやつがいてね。ボクもしかするとそこでバイトするかもしんないんだわ。学校には内緒でね」

果たして当時ボクらが住んでいた福島県郡山にカフェバーはあったのか。それらしき店はあったのかもしれない。だけどジェイはいないと思う。


「そこで知り合った女の子がいてね。今度デートするかもしれないんだ」
服部くんはいそいそと鞄からHot-dog pressを出して嬉しそうだった。そこにはHOW TO 、つまりモテ方指南云々が書かれていた。実際デートしたかは知らないよ!


1番多感かつ女の子へのファンタジーを抱きやすい時期にわたせせいぞうと出会ったHくん。杉山清貴の「さよならのオーシャン」と「最後のHoly Night」をこよなく愛し、角松敏生の「GIRL IN THE BOX」をフェイバリットアルバムにあげていた。そんな彼の天敵が生徒会長だった。

生徒会長はなぜかボクの隣の席に2年間陣取っていた。生きがいは渡辺美里。休み時間になるとノートを広げ美里の既発曲に合わせてまったく別の歌詞を書き上げることがライフワーク。生徒会長は「恋したっていいじゃない」や「センチメンタルカンガルー」にまったく別の歌詞を合わせてはボクに意見を求めてきた。ちなみに生徒会長はまじで生徒会長だったことはあえて書いておく。しかし岡村ちゃんっぽいなァ、表記が。

覚えているのは「夏風邪ひいてどうのこうの」な内容の「summers`cold」(要するに夏風邪ひいたから今日は君に会えないとか触れらんないとか)。これが毎日である。ちなみに生徒会長、今は短歌詠みの世界で活躍してるらしく何時だったか新年の皇居関連の歌詠み会で前陛下の前で自作を披露したらしい。だがルーツは渡辺美里である。これだけは忘れちゃいけない。

「なにすんのよっ」 

「あんたね、いい加減にしなさいよ!」

「美里の新曲、聴いた?歌詞がね、泣けるのよ」

これが生徒会長の口癖だった。休み時間のたびに渡辺美里風の歌詞を書き上げる生徒会長にダメ出しするのがボクの日課だった。ハァ、暇な男子校の平和な光景。美里の作品が発売されるたびに生徒会長からカセットテープで押しつけられたんだっけ。

Hくんと生徒会長は最初は仲が良かったが、いわゆる「ハートカクテル」な世界に憧れるあまりにカフェバーでのアルバイト(ほんとはやってない)、仲のいい友人のジェイ(そんな奴はいない)、バイト先で知り合った地元の女子大生が彼女(妄想)などが虚言だということが会長的には許せなかったらしい。結局2人は仲違いしたまま高校を卒業してしまった。

そりゃあそうだ。あの頃の郡山シティ。カフェバー、プールバー的な店はあったかもしれない。だがボクらの生活圏内を振り返ると高校の周りは田んぼでありそこから国道に抜けて延々続く駅までの道のりはやはりローカルでしかない。現在は「幸楽苑」と名前を変えてしまった「会津っぽ」なるラーメンチェーン、どさんこラーメン的な店、23時には閉店してしまうセブンイレブン、ヤンキーな連中御用達なガソリンスタンド、錆びた歩道橋、立ち読み自由な今は亡き東北書店、激安価格がとりえの浅草ラーメン、この街のバンドキッズ(パンクとヘビメタ)の溜まり場新星堂カルチェ5の2階の楽器売り場。うーん、やはりハートカクテルなわたせな世界はなかなか想像しづらいシチュエイションだ。てゆうか無理。どっちかといえばメタルとパンクス大量発生しやすい状況下だったしな。

ちょうどそんな時期。ボクの愛読書の一冊が江口寿史の「エイジ」だ。どこまでも気持ちのイイ絵と、今でいうところのジョン・カーニーとかの映画に通じる世界観。甘さもほろ苦さもバランスが絶妙。ひと夏の物語ってのもイイ。あ、北野武監督の「キッズリターン」観たときボクはなぜか「エイジ」を思い出したんだ。なんていうか、物語の匂いが同じ気がして。

ボクの中で「エイジ」は圧倒的な青春物語。ボクシング漫画なんだけど、主人公エイジの感情の揺れとかクサくなく、さりげに描写されていくさまは見事としか言えないですよね。アフター「ひばりくん」の作品なので絵の進化ぶりは言わずもがなだし。1ページ1ページがイラストレーションとしても成立するマンガなんてそうないんです。それでいて余計な説明なく物語を感じさせる絵。それを描けるひとなんてそうそういない。

「エイジ」の絵で一番好きなのはジャンプコミックス版の背表紙で描かれてるアレ。完全版もあるけどボクは1番最初に出たジャンプコミックス版に思い入れがある。だってこの作品にでてくるシチュエイション、いちいち格好良いんだもん。自分の高校生活に幻滅しながら読んでましたよ、ほんとに!

ちなみにHくんとも生徒会長とも長らく会っていない。生徒会長とは卒業後、一度だけ仲間うちで会ったっきり。そのとき生徒会長、なんでか知らないがアロハシャツ着てたなァ。

その会合のち、3~4年ぐらい経過した頃だろうか。生徒会長からは1枚のハガキが届いた。

君去りし のちにおもふは安達太良の 空にうごめく雲のすきまに


短歌である。唸りましたね。その短歌の出来にではなく対応に困った。揺れる想いbyZARDかよって思いましたがもちろん返事は出していない。て出すかよ!

とにかくボクにとって「エイジ」ってマンガは夏の終わりと秋の始まり。そんな時期にやたら読みたくなる作品なんだな。

やみくもに未来に向かっていくんじゃなくて淡々と過ぎていく日常。ひと夏を越えてちょっとだけ大人になったあの感じ。続きを期待している読者も多かったと思うけどボクはあのエンディングはかなり好き。好きすぎてつらい。てゆうかアレでいい。もちろん完全版持ってますけどね。当たり前じゃん。続編「エイジ2」「エイジ'85」も合わせて読めるコンプリートエディションはマンガ好きなら持ってたほうがいいに決まってる。

ああゆう高校生活憧れたんだよなァ。見渡すと生徒会長とHくんだもん。おまけに男子校。つまりときめきゼロ。皆無。授業をさぼって部室へいくとヘビメタとカシオペアをこよなく愛するKがドラムを叩いている。向かいの吹奏楽部の連中は課題曲をほっぽり出してアン・ルイスの「六本木心中」を汗だくで演奏。ラークマイルドの煙とダルマ瓶のコカ・コーラ、メロー・イエロー。それがボクの80`sですよ。

江口寿史「エイジ」や部室に転がっていた大友克洋の「童夢」、かわぐちかいじの「アクター」(隠れた名作)は当時よく読んでいた。このへんの作品のページをめくるととことんイケてない、どん詰まり感満載のあの夏の終わりを思い出す。

バンドブームは東北の片隅にある田舎街にも押し寄せてきて、宝島なんかで掲載される中央線カルチャーがむちゃくちゃカッコよく思えた。タワーレコードもなくWAVEはあったけどマイケル・ジャクソンとブルース・スプリングスティーン、ホイットニー・ヒューストンの輸入盤しか置いておらず、おかげで今もボクの中で当時の洋楽体験は薄っぺらいままだ。

でもそれはけっして嫌な感じじゃないんだ。

ちなみにHくんや生徒会長と出会ったあの夏を経て、ボクが大人になれたかどうかはさだかではない笑

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