見出し画像

アイル・フォロー・ザ・サンロード

海面に太陽の像が映ってそれが観測者まで伸びてくる現象のことをサンロードという。日本語で何と言うかは知らない。ググってもうまく見当たれない。あるいはそのままサンロードで良いのかもしれない。直訳で「太陽の道」とすると、これは現行科学での天球上の太陽の通り道のことを指すことが多いようで、話が違ってくる。これが太陽ではなく月の像の場合にはムーンロードで、これもこのまま通じる言葉だ。ムーンロードはあまりお目にかかれない。まず夜に月が明るい必要があるし、海もそこそこ暗くないといけないし、そもそも夜に海に行くような奴はだいたい不良である。僕も2度か3度ぐらいしか見た印象がない。初めて見た時は嬉しかった。

サンロードは必ず観測者の方向に向かって伸びてくる。航行中の船の上から見ていてもサンロードは必ず追いかけてくる。これはまあ当然と言えば当然ではある。太陽と海面と観測者の位置関係の現象だからである。たとえばこれが太陽や月ではなく、海沿いの街の灯りや突堤に建てられた電灯だとしても同じである。それは必ずこちらの方向に向かって伸びてくる。つまりその海面の光は観測者ごとに存る。おもしろいのは、伸びてきたサンロードの先っぽ(つまり太陽と反対側のこちら側の末端)は観測者の視野における眼球の中心あたりで止まるということである。たとえば波打ち際に立って伸びてくるサンロードを見たときに、顎や膝を上下させればサンロードの長さはそれに応じて変化するのである。眼球が下にゆけば足元の波までサンロードで輝き、上にゆけばそれは遠のいてゆく。これは遠近法におけるアイレベルとは無関係とは思うが、なんでそうなるのか僕はよくわからない。鏡面反射の仕組みとして、太陽像と眼球との距離や角度の関係の問題かもしれない。ともあれサンロードの末端は眼球の(おそらく)中心である。これは「太陽とは何か?」という問題にとって示唆がありそうだが、今のところ僕はうまく手をつけられていない。

さてサンロードはよく、大地が平面であることの証拠のひとつとして挙げられる。もしも大地が球体ならば、観測者から見たときの球面の頂上で反射が起こるだけで線状にはならないだろうということだ。しかしまあ現行科学にとっては球状大地は大き過ぎて、バスケットボールに付着したハエである我々人間から見てもそれは「ほぼほぼ平面」なのだから、まあサンロードが線状でもいいんじゃないか、許してあげてもいいかな、という気も僕はする。かなり好意的な恩赦である。しかしこの話題が出たときに球体派はよく、「サンロードは波に乱反射したものだ」というメカニズムの説明を始めることがあるが、たとえば「自転車でどこに行こうか」という話をしているときに「自転車のメカニズム」の話をする奴は5万%アホなのでこれについては恩赦は無い。即ギロチンである。

ちなみにこのタイプのリアクションについてだが、つまり「自転車でどこに行くか」というトピックについては、彼の所属(あるいは依存)している世界観においては"誰にも語られていないこと"なので、彼は自らそれについて考えを巡らして語り始めるということは構造上できない。なので代わりに近似・関連するトピックである「自転車のメカニズム」についてほとんど自動筆記的に語ってしまうのではないかと僕は今のところ考えてはいる。少なくとも彼の所属する世界ではそれは内容としては正しいからである。これはもちろんTPOで間違えているのだが、そこを勢いで突き抜けることができるという点では、まあ、ほぼほぼヤンキーとかチンピラみたいなものである。何かを勘違いしている若い連中だ。目を合わせないようにしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?