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おじいさんは曲率を探しに


むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。ある日、おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは地球の曲率を探しに、出かけました。そしておじいさんはそれっきり帰ってきませんでした。ほとほと困り果てたおばあさんは桃太郎にお願いすることにしました。
「桃太郎や、どうかおじいさんを探して、連れ戻してきておくれ。」
桃太郎というのは、おばあさんが川で洗濯をしていると流れてきた大きな桃の中に入っていた男の子です。桃太郎はおばあさんに答えました。
「はい、おばあさん。僕がおじいさんを見つけて必ず連れ戻してきます。」
こうして桃太郎の、おじいさんを探す旅が始まりました。

まず桃太郎は、犬に聞いてみることにしました。
「犬よ犬よ犬さんよ、僕のおじいさんを見ませんでしたか?」
犬は答えました。
「あなたのおじいさんなら、そこらじゅうの海辺で水平線をじーっと観察してばかりいたよ。」
次に桃太郎は、猿に聞いてみることにしました。
「猿よ猿よ猿さんよ、僕のおじいさんを見ませんでしたか?」
猿は答えました。
「あなたのおじいさんなら、そこらじゅうの大空の天体をじーっと観察してばかりいたよ。」
さらに桃太郎は、キジに聞いてみることにしました。
「キジよキジよキジさんよ、僕のおじいさんを見ませんでしたか?」
キジは答えました。
「あなたのおじいさんなら、そこらじゅうの理科の教科書をずーっと読んでばかりいたよ。」
最後に桃太郎は、鬼に聞いてみることにしました。
「鬼よ鬼よ鬼さんよ、僕のおじいさんを見ませんでしたか?」
鬼は答えました。
「桃太郎よ、ワシがそのおじいさんじゃ。」

「おじいさん!なんで鬼になってしまったのですか?」
桃太郎がおじいさんに訊き、おじいさんが答えます。
「桃太郎よ、そしておばあさんよ、許しておくれ。あの日、地球の曲率を探しに出かけたワシは、地球が丸くなくて宇宙空間もないということが、観察からわかったんじゃ。これは間違いがない。現行科学は間違えておる。そして科学は現代の宗教だったんじゃ。しかしワシはそれをどうしても受け容れられなかった。これまでのワシの人生、生き方、生活観念、社会観、そして人間観は、わざと間違って書き換えられた宇宙観の上に築かれていたんじゃ。ワシは欺かれていた。騙されていた。いいように利用されていた奴隷だった。そんなこと受け容れられるはずがないんじゃ。桃太郎よ、だからワシは鬼になった。地球が丸くなくて宇宙空間がなくて現行科学が間違っていることがわかって以来、ワシは身体の伝えてくるその情報を脳で押し潰そうとしたんじゃ。何度も何度も何度も。だが出来なかった。そんなことは人間には出来ないんじゃ。それは鬼じゃ、鬼のやることじゃ。だからワシは、忘れもせぬ、ある風の強い、星の見えないとても曇った夜に、波が激しく、ヒトデも息を潜めているあの夜に決めたんじゃ。鬼になろうと。鬼になれば出来ると。そうしてワシは鬼になって、今おまえの前にいる。桃太郎よ、よくぞここまで来てくれた。」

桃太郎は言いました。
「おじいさん、おじいさんはまったくのクソです。そういう苦労話とかどうでもいいので、おばあさんの待つお家に僕と一緒に帰りましょう。さあ。」
おじいさんは答えました。
「桃太郎!ワシは鬼じゃ!鬼でもいいのか!?鬼といっしょに暮らしてくれるというのか!?」
風が吹き、植物の種子が尾根をつたい、潮の香りが日光を包み込みます。
桃太郎はおじいさんに答えました。
「おばあさんも鬼です。」

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