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キャバ嬢に恋をされていた話

「どうもー、乃木酒屋です〜」

僕は酒屋でアルバイトをしている。

仕事内容は簡単。

お店でお酒を販売する事と、近隣の居酒屋等から注文を受けてお酒を届けに行く事。

僕の働いている酒屋は繁華街にあるので、色んなお店から注文が入る。

今回のお届け先はとあるキャバクラ。

ここはウチでよく頼んでくれていて、僕も何度も配達をしているのだが、一つだけ問題がある。

「あっ!〇〇君だ〜!」

「ど、どうも、美月さん…」


そう、このお店でキャバ嬢として働いている美月さんの存在である。

丁度出勤のタイミングだったようで、いつも見る煌びやかな格好ではなく、むしろ親近感を感じさせる格好だった。

美月さんとは、初めてこのお店に配達した時、酔っ払った美月さんが何故か僕に、

「君に決めた〜!」

とポ〇モンの有名なセリフを叫びながら抱き着いてきた事から顔見知りになった。

何故か僕が店長さんから叱られたのは未だに納得していないが…。

「最近〇〇君ウチに配達してくれないよね?」

「アルバイトが増えたんで単純に僕が来る確率が減りましたねぇ」

「えー、寂しい〜」

僕の肩をツンツンしながら唇を尖らせている。

他の人間にも同じように媚びを売ってるかと思うと何故だか少し複雑に気分になった。

「高いシャンパンウチで頼んでくれたら僕が配達しますよ」

「ほんとっ?」

売上を上げるための冗談のつもりだったがどうやら美月さんは本気にしたらしい。

「え、あ、今のは…」

「よし!今日注文するシャンパンは全部乃木酒屋さんで入れてもらえるように店長脅してくる!」

弁解の余地もなく、美月さんはバックヤードの方へと消えていった。

円満にいく事を願いつつ、僕は今回の配達を終えて店へと戻った。

                                                   ・・・・・

そこから三時間程経った。

あれから美月さんのお店から注文が入ることはなく、むしろ暇な時間が続いていた。

暇ですね〜、なんて近くにいた店長と話しているとしばらくぶりにお店の電話が鳴った。

僕より早く店長が電話に出る。

すると突然店長が

“えっ!?”

と声を発した。

何かあったのだろうか…?

「いえ、すぐに配達させていただきます!ありがとうございます!」

そう言って店長は電話を切った。

「どうしたんです?」

「…ドンペリ十本だって」

「マジですか!すごっ!」

「そんでな、何でか分からないけど〇〇に配達してほしいらしい…」

「…え?」

嫌な予感がする…

まさかあの人本当に…?

「あの、お店って…?」

「〜〜さんだよ」

案の定、美月さんの働いているお店だった。

「お前何したんだよ…」

「僕に言われても…」

そうは言ってもドンペリ十本。こんな配達滅多にないので当然店長は僕に配達させるという条件を呑んだ。

急いでドンペリを十本用意する。

「お前絶対コケたりするなよ!?」

「そういうこと言わないでくださいよ!むしろ意識しちゃうでしょ!!」

そんなやり取りをしながら店を出る。

配達先のお店は近くにあるのですぐに到着した。

額が額なので、従業員専用の裏口から入らせてもらう。

「失礼します、乃木酒屋です!」

「お疲れ様です!」

近くにいた従業員に商品を渡してお会計を済ませる。

帰り際に少しだけフロアの方を見やると山下さんがいかにも金持ちそうなオジサンに笑顔で接していた。

何だかモヤッとする気持ちを抱えながら店へと戻る。

結局その日はそこがピークでそれ以降の売上は雀の涙だった。

ドンペリ十本がなければどうなっていた事やら…

「ふぃー、終わった終わった」

「いやー、暇でしたね」

そんな会話を店長としながら帰りの支度をする。

時刻は日付が変わって二時。

明日は丸一日休みなのでこの時間でもやってるラーメン屋でも寄っていこうかな。

「じゃ、お先です」

「うぃー、お疲れ〜」

店長に挨拶を済ませて店を出る。
ラーメン屋までは歩いて五分程度。

お気に入りのバンドの曲をイヤホンで聴きながら歩く。

「…ん?」

見覚えのある姿。

その人はビルの壁にもたれかかっていた。

「大丈夫ですか?美月さん」

「あ…〇〇君だぁ」

何だか、嫌な予感がした。

普段僕に見せるそれとは違う表情だったから。

赤らんだ顔。弛緩した表情。

この人、絶対に酔ってる…。

「酔っ払ってます…?」

「うぁ?酔ってらいよぉ」

完全に酔っ払ってる人のそれだ…

そして何故か美月さんはフラフラになりながら僕の方へと近付いてくる。

「み、美月さん?」

ニヤけた美人が僕の目の前に立っている。

そして突如としてその美人は僕に抱きついてきた。

「ちょっ…!?」

「くふふ、いい匂い…」

美月さんが僕の首元に顔を埋めている。

酔っ払っているとはいえ、こんな事をされたらたまったもんじゃない。

僕は慌てて美月さんを自分から引き離した。

「やぁ〜!離さないでぇ」

「もう、酔いすぎですよ美月さん」

「うーん、確かに今日は飲み過ぎたかも…送ってって?」

「え、嫌ですよ…」

僕はこれからラーメンを食べに行くのだ。

これを美月さんに言ったら何か怒られそうなので黙っておくけど。

「えぇっ!?待って?今もしかして断った?」

「はい、この後寄る所があるんです」

「マジで?私の誘い断る人とか初めてだよ皆お金払ってまで私の時間欲しがるのに…」

美月さんは明らかに落ち込んでいた。

それは本当に申し訳なく思うけれど、ごめんなさい、お腹が空いているんです…。

タクシー捕まえて押し込むか…って、あれ?

「キャバクラとかって送迎あるんじゃないですか?何でここに一人で?」

僕がそう聞くと、美月さんの赤らんだ頬がより一層赤くなった気がした。

「〇〇君に会いたくてここで待ってたって言ったら…引く?」

美月さんは自嘲気味に笑った。

でも僕はそんな事はどうでも良くなるくらい、心が揺さぶられていた。

「えっと、それはどういう…」

「ほら、〇〇君今日ドンペリ配達してくれたのに会えなかったじゃん?」

「あぁ…そうですね。丁度お客さん接客してるの見えました」

「あの人さ、ちょっと下ネタ多すぎてさぁ。別にこういうのは当たり前にあるから全然大丈夫なんだけど、何か〇〇君とお話したくなっちゃって」

「そうだったんですか…」

キャバ嬢って煌びやかなイメージが強いけど、やっぱり大変な職業なんだな…

「でも予定あるならしょうがないね…またね」

そう言って美月さんは少しフラつきながらタクシーの捕まる通りの方へと歩き出した。

居ても立ってもいられなくなった僕は思わず美月さんのか細い手首を掴んだ。

「い、一緒にラーメン食べませんかっ?」

「ラーメン?」

想定外の言葉に美月さんは笑っている。

「その、ですね。この後ラーメン食べようと思ってて…」

「へぇ…私よりラーメンかぁ…悲しいなぁ」

「さ、誘おうかとも思ったんですよ?でも仕事終わりで疲れてるかなって…」

「気遣ってくれたんだね、ありがと。でも私ラーメン大好き」

「そうだったんですね…じゃあ一緒に行きましょうか」

握っていた手を離して歩き出す。

「あ、ちょっと!」

「はい?」

「私酔ってるんだよ?ちゃんと手握ってて?」

美月さんが手をスっと差し出した。

僕は戸惑いながらもその手を握った。

ヤバい、手汗出てないかな…。

「ふふっ…」

「…っ!」

美月さんが突然繋ぎ方を恋人繋ぎに変えた。

顔が熱い、心臓の動きがどんどん加速している。

まともに目も見れない。

「ねぇ、〇〇君」

「な、何ですか?」

「私ね、キャバ嬢辞めるんだ」

僕は思わず足を止めた。

美月さんがキャバ嬢を辞めたらこの繋がりは無くなってしまうと思ったから。

「…どうしてですか?」

「お父さんが病気しちゃってさ。それの手術費が結構高くて。ウチあんまり裕福じゃないから、それなら私が頑張らないとって始めたんだけど…ようやくお金貯まったの」

「そうだったんですね…」

嬉しいことのはずなのに、何故か素直に喜べない自分がいた。

もう、会えなくなってしまうのかな。

「もう一つ、〇〇君に伝えたいことがあって…」

「はい…」

美月さんは何処か緊張してるように見えた。

恐らく、良い報せではないのだろう。

僕はグッと噛み締めて、美月さんの言葉に耳を傾けた。

「私と付き合ってほしいの」

………

「…はい?」

「あ、聞こえなかった…?」

「いや…聞こえたんですけど…もう一回言ってもらってもいいですか?」

「私と、付き合ってほしいの」

…うん。やっぱり聞き間違いではなかった。

「何処に付き合えばいいですか?」

「そういう意味じゃなくて、恋人になってほしいの」

「えぇぇぇぇぇぇえ!?」

「わ、声大きいよ!」

「ご、ごめんなさい」

いやでも、意味が分からない。

だってさっきまでお父さんの手術費用が貯まったっていうめちゃくちゃいい話だったのに何でその流れで僕は告白されてるんだ!?

ていうか、美月さん僕の事好きだったの!?

「ちょっと待ってください。僕の事好きだったんですか?」

「うん。初めて会った時のこと覚えてる?」

「あれですよね、酔っ払った美月さんが“君に決めた〜!”って叫びながら僕に抱きついて来た時ですよね」

「そうそう!キャバ嬢として働く内にね?人を見る目が鍛えられたみたいで、〇〇君の事を初めて見た時にもうこれ以上ないくらいにビビッときたの!お金が溜まってキャバ嬢辞める時に告白しようって決めてたんだ〜」

「あれってそういう意味だったんですか…あの後僕が店長さんから叱られたんですからね…?」

「えへへ、その節はご迷惑お掛けしました…」

頭に手を当てながらヘラヘラと笑っている。

この人絶対反省してないな…

かと思えば、

「ねぇ、〇〇君は?私の事どう思ってる?」

僕の目を見つめる綺麗な瞳。

その瞳が、ずっと僕の心の中にあったモヤモヤを晴らしてくれた。

「僕も、美月さんの事が好きです」

少しだけ驚いたような表情から、すぐに笑顔が咲いた。

美月さんが胸に飛び込んでくる。

僕は少しの迷いを経て、彼女の背中に手を回した。

「人気キャバ嬢が人前でこんな事して大丈夫ですか?」

「もう辞めるから関係ないもーん。あ、それと敬語禁止。名前もさん付けじゃなくて、美月って呼んでね?」

「…分かったよ、美月」

「えへへ、〇〇〜好きだよ?」

「はいはい、僕も好きだよ」

「あ!冷たい!ちゃんと目見て言って!」

これはこれで、大変な日々になりそうだ…

                                                                       ・・・・・

二人で仲良くラーメンを食べた帰り道、何を話せばいいか分からずにいると、美月さんが徐に口を開いた。

「ねぇ〇〇」

「何?」

「私枕とかしてないからね?」

「急に何言い出すんだよ…」

「だって穢れた女の子って思われてたら嫌じゃん」

「別に思ってないよ」

「え〜ホントかな…信用出来ないなぁ」

「えぇ、何で」

「私がどれだけ〇〇のこと好きかって証明していい?」

突如美月が立ち止まる。

「どういう事?」

「アレ」

美月が指を差した先にはネオンに照らされた建物があった。

「み、美月?」

「ずっと好きだったんだもん。もう爆発しちゃいそうなんだよね」

美月は意地の悪い笑みを浮かべている。

もしかすると僕はとんでもない子を好きになってしまったのかもしれない。

「その、僕女の子と付き合うの初めてで…」

「じゃあ一生の思い出になるね♡」

「そ、そうですねー…」

ダメだ、避けられそうにない…

美月が僕の手を引く。

そして僕はこの夜、美月が僕のことをどれだけ好きでいてくれたか、嫌という程知らされました…。




おわり

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