家族のカタチ ⑤
〇〇を探し始めてから、一ヶ月が経った。
結果だけを言うと、〇〇は見つかっていない。
それどころか、足掛かりすらも掴めていない。
色々と手は尽くしてみたが、全て駄目だった。
LINEを送ってみても当然返ってくるわけがない。きっとブロックされているのだろう。
この一ヶ月間で随分と神経を磨り減らした気がする。
祐希も飛鳥もあの日以来明るく振る舞ってはいるけれど、時折悲しそうな表情を見せる。
何より笑う回数が大幅に減った。
当然だ、こんな状況で笑うことなんてそう出来やしない。
しかし二人は諦めていない。
それ程、〇〇に対する想いが強いんだ。
それは私だって一緒だ。
もう覚悟は出来ている。
〇〇を見つけるまで、探し続けるだけだ。
それで一生を終えようとも構わない。
ここにいなくたって、〇〇は私の人生に関与しているんだ。
…すっかり陽が落ちるのが早くなった。
まだ五時過ぎだというのに外は深夜を思わせるほど暗い。
そろそろ祐希と飛鳥が帰ってくる時間だ。
夕飯の支度しないと。
と、キッチンへ向かおうとすると私のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
画面を確認すると、知らない番号からだった。
不安と不審感を募らせながらも、私は応答ボタンをタッチした。
「もしもし」
知らない男性の声だ。
しかし警察、という言葉が聞こえてきた。
一体警察が私に何の用だ?
そして次の瞬間、私の揺るぎない覚悟と想いは簡単に打ち砕かれた。
「一体何の用でしょうか?」
悪いことはしていないのだ、毅然とした態度で応答する。
しかし、次の瞬間には私の覚悟は簡単に打ち砕かれる事となる。
「───え?」
私は思わずスマートフォンを落としてしまった。
あまりにも、信じることの出来ない言葉だったから。
“お父様とお母様が、交通事故で亡くなりました”
あまりにも突然過ぎる事態に、時が止まったような感覚を覚えた。
お父さんとお母さんが…死んだ?
死ぬ…?
死ぬって、何だっけ?
死、死、死…
死─────
その言葉の意味を認識すると同時に、心が砕け散っていく音がした。
狂ってしまいそうな程に、心音は加速していく。
全身の表面だけを残して、中身は全て砂と化して地面へと力なく崩れ落ちていくような感覚。
西野七瀬という人間の人生が、枯れていく。
悲しみを与えようとも、花は咲かない。
足元に落ちたスマートフォンから声が聞こえてくる。
我に返った私は急いでスマートフォンを拾い上げた。
「はい、はい…」
警察の言葉に頷いてはいるものの、殆どは何を言っているのか頭に入ってこなかった。
辛うじて覚えているのは、至急遺体を確認するために署まで来てほしいとのことだった。
私の両親は地元である大阪に住んでいる。
今から新幹線で向かったとしても、三時間程かかる。
今から行っても八時を過ぎる。
…いや、そんなこと言っている場合じゃない。
急いで支度をしなければ。
私は悲しみにうちひしがれながらも、支度を始めた。
支度はものの数分で済ませた。
最低限の物だけを持って、玄関で靴を履いて家を出ようとした瞬間、玄関の扉が勝手に開いた。
「ただい…うわ!びっくりしたぁ」
「どっか行くの?」
目の前に立っていたのは祐希と飛鳥だった。
二人は驚きの表情を浮かべ、私を見つめている。
───私はまた、この二人に残酷なまでの事実を伝えなければならないのか。
そう思うと、本当に胸が苦しくて、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「お姉ちゃん?」
「どうしたの、具合悪そうだよ」
心配そうに私を見つめる二人。
その視線がまた、私を苦しめる。
この世界に、神様なんていう存在があるのだとしたら教えてほしい。
───どうして私達ばかりがこんなに辛い目に遭わなければならないの?
私達が何をしたの?
答えがあるのなら教えて。
私達はどうすればいいの?
これ以上、私達から大切な物を奪わないで…。
ただならぬ空気を感じ取ったのだろう、二人は異変を察して私が口を開くまでじっと押し黙っている。
重苦しい空気の中で、ようやく私の口が開く。
「…お父さんと、お母さんが、死んだの」
二人に、顔は向けられなかった。
これ以上、辛そうな顔は見たくなかったから。
涙を見せたくなかったから。
沈黙が場を支配する。
誰一人として、一言も発さない異様な空気感。
あまりにも、いたたまれない気持ちだった。
「冗談、だよね?」
心を貫くような悲痛な声を発したのは、祐希だった。
思わず顔をあげると、祐希の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
私は即座に祐希を抱き締めた。
胸の中に容易く収まった祐希は、大声で泣き始めた。
その間飛鳥は、ずっと私の背中を優しくさすり続けてくれた。
飛鳥も幼い頃に両親を亡くしているから、痛みが分かるのだろう。
その優しさが、傷付いた心にスッと染み入るようで、更に感傷的になった私は祐希を強く抱きしめた。
こうしていたのは時間にして五分程だったと思う。
私は急いで大阪に行かなければならない事を思い出して、我に返ったように祐希から離れた。
「今から大阪に行って、お父さんとお母さんの遺体を確認してくるから」
祐希の目は真っ赤で、一生分の涙を出し尽くしたような顔をしていた。
「私も行く」
突然祐希がそう言う。
未だ表情は晴れていないけれど、家族だ。当然連れていく義務があるだろう。
「飛鳥はどうする?」
「私は…家で待ってるよ」
飛鳥は少し考えるそぶりを見せた後、そう言った。
飛鳥なりの気遣いなんだと思う。
────────────────────
家を出てから警察署に着くまでの数時間、祐希とは一言も言葉を交わさなかった。
時々祐希を見ると心がぽっかりと穴が空いたような顔をしていて、心配になった。
………
警察署を前にして立ち止まる。
警察署の中に入るなんて初めてだから、変な緊張感を覚えた。
意を決して署の中へと踏み込む。
入ってすぐに受付があったので、そこにいた女の人に声を掛けた。
「あの、西野の娘です、けど」
緊張のせいか、名前しか伝えられなかった。
用件を伝えなければ意味がないのに。
「西野さんの娘さんですね、少々お待ちください」
しかし、女の人は名前だけで全てを察したのか内線で誰かに電話を掛けた。
「西野さんの娘さんがいらっしゃいました」
それだけを言うと電話を切った。
「すぐに担当の刑事が来ますので、そちらの椅子に座ってお待ちください」
女の人が示した方には長椅子が置いてあった。
祐希と隣合って座って担当の刑事さんを待つ。
ここまで来ておいて何だが、本音を言えば刑事さんには来てほしくなかった。
来てしまったら、次はいよいよお父さんとお母さんの遺体を見なければならないから。
この目で現実を見るのが、本当に怖い。
現実にしてしまうのが、本当に嫌だ。
しかし、私は立ち止まっても時は進み続ける。
結局、心の準備は出来ずにその時が来てしまった。
担当の刑事とやらがやって来て、遺体安置所への案内を始めた。
歩いている間、言い知れぬ不安と現実を目の当たりにすることの恐怖に心を飲み込まれてしまいそうだった。
程なくして、刑事さんが扉の前で立ち止まった。
扉には“遺体安置所”と書かれたプレートが貼り付けてある。
「この部屋に二人のご遺体が安置されています。よろしいですか?」
心臓が加速する。
汗のかいた手を強く握る。
正直、心の準備なんて出来ていなかった。
けれど、いつまで経ってもそんなもの用意できる気がしなくて、私は無理やり頷いた。
後ろにいる祐希を見ると、悲しそうな表情のまま小さく頷いた。
それを合図に、刑事さんがゆっくりと扉を開ける。
部屋の中は少し薄暗かったけれど、部屋の中央にポツリと二つの安置台が置かれているのが見えた。
刑事さんが部屋の中央へと歩いていく。
私と祐希もそれにつられて歩く。
部屋の薄暗さに目が慣れて、私はようやくその光景を目にする。
顔に白い布を被せられた遺体が二つ、確かに存在している。
少しずつ、でも確かに血の気が引いていくのが分かる。
嫌だ、こんなの、嫌だ。
「こちらが、お母様のご遺体です」
刑事さんはそう言って、私達に近い方の遺体の顔に掛かっていた白い布を取った。
そこには、安らかな顔をして眠るお母さんの顔があった。
そしてそれを目にした瞬間、何もかもが崩れていくような音がした。
「お母…さん」
「こちらが、お父様のご遺体です」
同じようにもう一方の遺体の白い布を取る。
交通事故で亡くなったとは思えない程、安らかな顔をして眠っている。
お父さんの元まで、おぼつかない足取りで向かう。
「お母さん…お母さんッ!!」
祐希の泣き叫ぶ声が部屋に響き渡る。
お父さんの手を握る。
ひんやりと冷たいのに、何故か温かい。
手なんて握ったの、小学生以来だ。
「ごめんね、ごめんね…」
もう一度くらい、握ってあげれば良かったね。
上達した料理も、食べさせてあげたかった。
でも、もうそれは叶わないんだね。
二人との沢山の思い出が蘇る。
お父さんは私がやっていたゲームによく付き合ってくれたし、高校生の頃には何度も送り迎えをしてくれた。
お母さんは仕事もあったのに、毎日のようにお弁当を作ってくれたし、私が一人暮らしを始める前に料理を教えてくれた。
そして何より、毎年家族で行っていた旅行が本当に楽しかった。
───もう、二人と話すことは出来ない。
「…っ!!」
自分でも抑えようのない感情が溢れ出して止まらない。
本当に、良い両親だった。
いつかこんな夫婦に私もなりたい、って思っていた。
どうして大切な人ばかりいなくなってしまうの?
神様、お願いです。
これ以上、私達から大切な存在を奪わないでください。
当然、返答はなかった。
代わりに、祐希の泣き叫ぶ声だけがずっと響き渡っていた。
………
結局その日は実家に泊まり、夜を明かした。
寝る時間はおろか、悲しんでいる時間だって与えてはもらえない。
通夜や葬儀の準備をしなければならなかったからだ。
訃報の連絡や、葬儀の日程決め等、やることは山積みで他の事を考える時間なんてなかった。
しかし、その過程で一つだけ〇〇の事に関して進展があった。
警察から訃報の知らせを聞いた直後に私は〇〇にLINEでお父さんとお母さんが交通事故で亡くなったことを伝えていた。
電話は着信拒否されているし、LINEも今まで送ったメッセージに既読が付かなかったので、ブロックされているだろうと、ダメ元だったけれど、実家に帰った時に改めて確認した所既読が付いていたのだ。
祐希と飛鳥にも聞いてみたところ、今日送ったメッセージに既読が付いたらしい。
これは本当に大きな一歩だ。
もしかしたら、通夜や葬式にも来てくれるかもしれない。
日時が決まり次第、連絡を入れておこう。
少しでも可能性があるのなら、私は諦めない。
………
───通夜に〇〇が来ることはなかった。
でも、今日の葬式には来てくれるかもしれない。
私はそう信じて、喪主としての仕事を続けた。
しかし、葬儀が終わっても、〇〇が姿を現す事はなかった。
気が付けば、残すところあと精進落としのみとなっていた。
〇〇は来ないんだろうな、と私は察した。
心のどこかで分かってはいたけれど、今日はどうしても来てほしかった。
ちゃんとお父さんとお母さんに別れを告げてほしかった。
「雨…止まないな」
今日一日ずっと雨が降っている。
考えようによっては、空も一緒に悲しんでくれていると捉えることも出来るのだけれど…。
…そういえば祐希の姿が見当たらない。
もうすぐ精進落としの会食が始まるというのに。
「飛鳥、祐希見てない?」
たまたま近くを通りかかった飛鳥に声を掛ける。
「祐希ならちょっと前に外に出て行ったの見たけど」
「外に?この雨の中で?」
「コンビニでも行ったんじゃない?」
そう言って飛鳥は会場の方へと歩いて行ってしまった。
こんな雨の中コンビニまで行こうとするかな…。
そんな考えを張り巡らせていると、視線の先に祐希を見つけた。
小走りで祐希の元に駆け寄ると、祐希の制服は雨でずぶ濡れになっていた。
「ちょっと祐希、ずぶ濡れじゃない」
私が少し責めるような口調でそう言うと、
「ごめん」
と短く答えた。
私はそんな祐希を見て、違和感を覚えた。
もちろんお父さんとお母さんが亡くなって、落ち込んでいるのは知っている。
しかし、先程までと明らかに様子が違う。
私と目も合わせないし、雨に濡れていることだってそうだ。
「何かあった?」
そう聞いた瞬間、祐希の目の色が一瞬変わった気がしたが、すぐさまそれは元に戻った。
何かに想いを馳せるように目を瞑る祐希。
雫なのか涙なのかも分からないような、曖昧に濁った水滴が祐希の目からぽたりと落ちて絨毯に吸い込まれていった。
「祐希?」
私が祐希の肩に手を置くと、祐希は優しい笑みを浮かべて私の目を見つめた。
「心配かけてごめんね、大丈夫だよ」
「そう…ならタオルで制服拭いて、会場に行ってて」
「うん、分かった」
会場へと歩いていく祐希の背中を見つめる。
あの小さな身体の中には、信じられない程の悲しみが詰まっているんだ。
それでもあの子は、前を向いている。
本当に、自慢の妹だ。
〇〇と両親を失って、悲しみに心を押し潰されてどうにかなってしまいそうだ。
私にはもう、祐希と飛鳥しかいない。
もうこれ以上、大切な存在を失いたくない。
どんなに辛くても、私が守ってあげなくては。
例え血が繋がっていなくとも、2人は私の“妹”なのだから───
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