家族のカタチ ⑥
良い人達だった。
真っ先に思い浮かぶのは、真っ暗闇を優しく照らし出す月光のような笑顔。
本当の両親のように慕っていた。
脳内を埋め尽くしていく疑問も、
すぐさま悲しみが全てを覆い尽くして、涙が全てを溶かしてゆく。
俺には、涙を流す権利なんてありはしないのに─────
………
目の前に建っている家を見て、身体が硬直していくのが分かった。
特別大きな家でもないのに、そびえ立っているようにすら見える。
「大丈夫?」
隣に立つ七瀬が心配そうに顔色を窺ってくる。
しかし俺には返答するような余裕もなく、小さく頷くことしか出来なかった。
そんな俺の緊張度合いを察したのか、七瀬は苦笑いを浮かべた。
「もうっ、固くなりすぎやって」
「緊張しない方がおかしいって」
「大丈夫やって、ウチの両親は怖くないから」
別に怖いから緊張するとかそういうことではなく、結婚の許可を貰えるかどうかが緊張の原因なのだが…。
七瀬は俺の緊張は解けないと察したらしく、小さく息を吐いて玄関の前へと進んだ。
「ちょ、ちょい待ち」
もう少し心の準備を───
「待たへん」
しかし七瀬の無慈悲な声によって、玄関のドアが開かれた。
すると、玄関から突然誰かが飛び出してきて俺の手を握った。
「君が〇〇君か!入って入って!」
「えっ、ちょ、えぇ…!?」
見たところ、どうやら七瀬の父親らしい。
非常に人の良さそうな笑顔を浮かべて、俺を半ば無理やり家の中へと引きずり込んだ。
「もう、お父さん!恥ずかしいことせんといて!」
七瀬の声が玄関に響き渡る。
「いいじゃないか!初めて会ったんだから!」
七瀬の大きなため息と同時に、また一人玄関に誰かが現れた。
「あなた、あんまり〇〇君を驚かせたらいけんよ?」
「あっ、お母さん。ただいま」
「お帰り、七瀬」
どうやら現れたのは七瀬の母親らしい。
七瀬が産まれてきたのも頷けるような美貌だ。
即座に姿勢を正して、俺は二人に向き直った。
「初めまして!七瀬さんとお付き合いをさせて頂いています、白石〇〇と言います!」
自分でも感じたことのないような緊張感を抱えながら、頭を下げた。
少しして頭を上げると、二人は優しく微笑んでいた。
その瞬間、心の中で張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩まったような気がした。
「まぁまぁ、とりあえず上がりなさい」
「そうよ、色々七瀬の事も聞きたいしねぇ」
「〇〇、変なこと言うたら分かっとるよね?」
恐怖すら感じる七瀬の笑みに、苦笑いしか返すことが出来なかった。
革靴を脱いで廊下に上がると、少し先で七瀬のお母さんが扉を開けて待ってくれていた。
“すいません”と一言添えて軽く頭を下げてから部屋の中へと入ると、ごく一般的なリビングの光景が視界一杯に広がった。
キッチンの傍にテーブルと椅子があって、テレビの前にL字のソファーが置いてある。
自分の家と似たような配置のせいか、妙な安心感を覚えた。
「ほら、座って」
七瀬のお父さんの一言で椅子に手を掛けところで、もう片方の手に土産物の入った紙袋を持っていたことを思い出して、すぐに差し出した。
「これ、つまらない物ですが…」
「つまらないと分かっている物を渡さないでくれよ」
顔を上げれば、七瀬のお父さんは少しムッとしたような表情でこちらを見つめている。
まずい、早くも怒らせてしまった。
緊張の糸が再び張り詰める。
「す、すみません!」
先程よりも深く深く、頭を下げた。
何でもっといい物を持ってこなかったんだ。
七瀬のお父さんが怒るのも当然だ。
結婚の許可を貰いに来たのにつまらない物なんて言われて怒らないわけがない。
こんな大事な時にやらかしてしまうなんて。
自責の念が押し寄せる。
出来ることならそのまま自宅まで押し戻してほしいくらいだ。
申し訳なさもあり、中々頭を上げる事が出来ない。
「あ、いや、今のは冗談で…」
突如、申し訳なさそうな声だけが聞こえる。
「…え?」
「今のはお父さんが悪い」
「あなた、緊張してる〇〇君にしょうもないボケかましちゃ駄目でしょ?」
「な、和ませようと思って…」
…冗談?
「よ、良かったぁ…」
下手すれば、婚約も認めてもらえないかと思っていたから。
「七瀬と祐希から聞いてはいたが、本当に人が良いんだな…」
どうやら二人が俺の話をしてくれていたようだ。
試されたわけではないだろうが、聞いていた通りの性格と見てもらえたようで、少し安心した。
「まぁ、座りなさい」
「失礼します」
七瀬が俺の隣に座り、七瀬の両親は向かいに座っている。
心臓のボリュームは上がっていく。
七瀬にプロポーズした時の事を思い出す。
あの時は思いっきり噛んでしまったから、今日くらいはしっかりと言わなければならない。
七瀬のお父さんは湯飲みに注がれたお茶を固い表情で一気に飲み干した。
お母さんの方は家に入った時からずっと微笑んでいる。
その微笑みに、一瞬祐希の面影が重なった。
親子なので顔が似るのは珍しくはないが、それ以上に感じる物があった。
語彙力がないせいで、言葉に出来ないのがもどかしい。
「それで、今日はどうしたんだい」
七瀬のお父さんが真剣な表情でこちらを見つめる。
その眼差しは身体を貫いてしまうのではないのか、という程鋭く感じられた。
娘の彼氏がスーツを着て会いに来ているんだ、きっと用件は分かっているんだろう。
それならば、気持ちを真っ直ぐぶつけるしかない。
えもいわれぬ緊張感の中で立ち上がった俺は、七瀬のお父さんの目を真っ直ぐに見つめ返して頭を深く下げた。
「七瀬さんを僕にください!!」
「お前のような者に七瀬はやれん!!!」
躊躇のない即答に、頭が真っ白に染まっていく。
そして何より、驚きとショックで空いた口が塞がらなかった。
しかし、テーブルを強く叩きつける音によって反射的に頭を上げた。
七瀬がテーブルを叩いたということはすぐに分かった。
その表情から、明らかに納得がいっておらず、不満が滲み出ているのが分かる。
「何でよ!ウチはこの人以外考えられへんよ!」
身を乗り出して訴えかける七瀬と、腕を組んだまま厳しい表情で目を瞑っている七瀬のお父さん。
無言の間が続く。
俺はどうしたらいいか分からず、ただじっと立ち尽くしていた。
「───冗談だ」
突然放たれたその一言に、思わず耳を疑った。
この人は今、何て言った?
「お父さん、今何て言った?」
七瀬も全く同じ状況のようで、すぐさま目を丸くして聞き返していた。
「だから、今のは冗談だと言ったんだ」
依然として表情は崩さないから、どこまで本気で言っているのかさっぱり分からない。
何が冗談で、何が本当なんだ?
「結婚は認めてくれるってこと?」
先程より、随分と拍子抜けしたような顔で七瀬が聞く。
「あぁ、もちろん。七瀬だけじゃなく祐希からも好かれてるんだ。私達も気に入っているし、断る理由がないよ」
七瀬のお父さんがようやく固い表情を崩して、こちらに笑みを向けた。
その瞬間、全身から一気に力が抜けて、思わず床に尻もちをついてしまった。
「はっはっは、騙すようなことをしてすまなかったね」
大口を開けて笑う七瀬のお父さん。
一方俺は言葉も出ず、力無く笑うことしか出来なかったが、胸の中では急激な速度で喜びや嬉しさが広がっていくのを感じていた。
認めてもらえたんだ。
俺、七瀬と結婚出来るんだ。
先の事なんて分かりやしないのに、幸せそうにしている光景ばかりが頭の中に浮かんでくる。
こんなにも未来が楽しみなのは初めてかもしれない。
今すぐにでも大声を挙げて、七瀬を抱き締めたいくらいだ。
しかし、流石に二人の前でそんなことをするわけにもいかず、実際のところは握り拳を作っただけだった。
「ほんっとに…〇〇は真剣だったんやから茶化すようなことせんといてよ!」
不満の残る七瀬は文句を言っているが、お父さんは悪びれる様子もなく笑っている。
「すまんすまん、一度あのセリフ言ってみたかったんだよ。〇〇君も男なら分かるだろ?」
「そうなん?」
「すみません、全く分からないです…」
「何とっ!」
本当に結婚を認めたくないのならともかく、冗談であんなセリフを言うなんて、どんな精神してるんだ…。
「あなた、やりすぎた罰として一番大事にしていた釣り竿を目の前で折ってあげましょうか?」
相変わらず微笑んでいるお義母さんだが、言っていることはとんでもなく恐ろしい。
「母さん、それだけは止めてくれ…」
リビングが笑いに包まれる。
この短時間で、随分家族という形に近付いたと思う。
しかし、俺が椅子に座ると七瀬のお父さんの表情から笑みが消えた。
“まぁ、少しだけ真面目な話をすると”
という前置きが、緩みきっていた背筋をピンと伸ばした。
「私達は結婚に至るまで…いや、結婚してからも色々あったからな。結婚するまで、そして結婚してからも、何もないのが一番いい」
その言葉からは相当な重みを感じた。
夫として、父として、幾多もの経験をしてきた男の半生が透けて見えるようだった。
二人に何があったのかは分からないけれど、今までずっと微笑んでいた七瀬のお母さんが色々あったという過去を思い返しているのか、どことなく瞳の色が沈んだようにも見える。
「何もないのが一番とは言ったが、そう上手くもいかないのが人生だ」
「そして、何かあった時に家族を守るのが夫…いや、男としての役割だ」
「〇〇君、七瀬のことも、祐希のことも…よろしく頼む」
テーブルすれすれまで頭を下げた二人。
俺は静かに、拳を強く握った。
今言われたことは、分かっていた。
しかしそれは、今まで半透明でぼんやりとしていて掴むことが出来ていなかった。
しかし、重みのある言葉によって輪郭がはっきりとして、その正体を現した。
これが、俺の背負わなければならない覚悟だ。
何があっても、俺が皆の事を守る。
決意と覚悟が、胸の中に広がっていく。
「───僕が家族を守ります。
そして…必ず、七瀬を幸せにします」
普段は恥ずかしくて言えるわけのない言葉も、今ばかりは勢いが背中を押してくれる。
「頼んだで、旦那さん」
隣を見れば、七瀬が白い歯を覗かせて嬉しそうに笑っている。
こちらも笑顔で小さく頷いて返す。
「〇〇君、七瀬と祐希の事、よろしくね」
「はい、任せてください」
「よし、〇〇君!今日は飲むぞ!母さん!飯の準備だ!」
「はいはい」
明るくて、優しい笑顔を浮かべるこの二人は、幼い頃に憧れた父さんと母さんにそっくりだ。
「〇〇はあんまりお酒強くないから、無理させないでねお父さん」
「大丈夫だ!沢山吐いて強くなるから!」
「無理させる気満々やん!!」
「あはは…」
これから先、楽しいことばかりではないだろう。
辛いことも、苦しいこともある。
決意と覚悟で満ちた月が、不安を優しく照らした。
────────────────────
空が人目も気にせず哭いている。
頭を打つ雨粒の強さで、悲しみの度合いが痛い程に伝わってくる。
誤魔化しようのないこの感情は、複雑に入り組んで迷宮と化した心の中をずっと彷徨っている。
雨と嘘を付いてしまえばこの感情にも出口が見つかるというのに。
あの日の約束を破った俺には、
あの日の決意と覚悟を赤く染め上げた俺には、
涙を流す権利なんてありはしない。
空っぽになってしまった拳を強く握る。
目の前に建つ葬式場をじっと見つめる。
今の俺には、二人を直接弔う事など出来ない。
でもせめて、この場から…。
─────お義父さん、お義母さん。
純粋な涙を流せなくて、本当にごめんなさい。
二人と過ごした時間、思い出は絶対に忘れません。
いつか必ず、墓参りに行きます。
その日までどうか僕のこと、忘れないでください。
───枯れきった花が、再び咲く頃に。
両の手を合わせて、目を瞑る。
途中、追憶に浸り過ぎて流涙しそうになったが、歯を食いしばって何とか堪えた。
行き先もなく巨大化し続けた感情が、少しだけ溶けたような気がした。
……帰ろう。
今は、誰かの温もりに触れていたい。
心が麻衣を求めている。
麻衣には、適当な嘘を付いてこっちに戻ってきている。
土産話も考えておかないと…。
…つくづく自分は嘘に塗れた人間だな、と実感する。
死んでしまった方がマシなくらい、雨が冷たく感じる。
そして、葬式場に背を向けて歩き出した瞬間の事だった。
「───おにーちゃん!!!」
不意に身体を貫いた鋭い叫び。
あまりにも聞き馴染みのある声に、足が勝手に動きを止めた。
身体が震え出す。
呼吸は乱れて、心臓が警告音を鳴らしている。
あの日の約束が、
“お前に振り返る権利なんてない”
と喉元にナイフを突き立てている。
その結果、振り返る事も歩き出すことも出来ずにただ激しさを増す雨に打たれる。
地面を叩く革靴の音が近付いてくる。
ほぼタックルに近い形で背中に抱き付かれる。
あまりの勢いに思わず体勢を崩したが、何とか倒れないようにこらえた。
こんな形で、人の温もりに触れるなんて。
「やっと…やっと会えた…!」
涙ぐんだその声に、心は酷く掻き乱された。
早く、帰らなければ。
心の奥底に封じ込めた日々が、檻を壊す前に。
無理矢理にでも、突き放せばいい。
冷酷な顔をして、永遠の別れを告げればいいだけじゃないか。
なのに…
どうして、出来ないんだよ。
抱き締める力が強いから、とかそんな単純な話ではなくて。
きっと心までも、彼女に抱き締められているんだ。
未練がなければ、こんなことあり得ない。
…本当に、最低だ。
自責の念が、津波のように襲いかかってくる。
「…風邪引くぞ、早く戻れよ」
思考停止寸前の頭で必死に考えて出てきた言葉は、あまりにも呆気のない砂城のようだった。
「やだ!絶対離れないッ!!」
まるで中身のない俺の言葉と違って、強い意思を感じた。
それは俺を繋ぎ止める両腕にも力の強さとして表れていた。
何で…
どうして、俺なんかを選ぶ。
俺はお前達を捨てたんだ。
何よりも愛おしい妻よりも、
何よりも大切な妹達よりも、
姉を選んだ上に、超えてはいけない一線を超えた最低な人間だ。
そんな人間に、何を涙ぐむことがある?
そんな人間に、今更何を望む?
俺達はもう、一緒には居られないんだよ。
一緒に暮らすのが家族のあるべき形というなら、俺達は既に家族じゃないんだ。
赤の他人だ。
そんな人間に、涙を流すことなんてない。
固く抱き締めている祐希の手にそっと触れる。
雨のせいで、手は冷えていた。
心なしか、震えている気がした。
優しくその手を握る。
頭の中で言葉と気持ちを何とか整理して、震える口を開く。
「俺はもう、祐希達とは一緒にいられない」
「やだ…そんなのやだよ…」
祐希の抱える悲しさや寂しさが、体の芯に食い込んでいく。
歯を食いしばって、ひたすらに耐える。
すると少しずつ、祐希の力が弱まっていくのが分かった。
段々と重力に従って手が下がっていき、やがて俺の体から祐希の手が離れた。
長時間雨に晒された喪服はすっかりずぶ濡れになっていた。
この雨の中でも、祐希のむせび泣く声がはっきりと聞こえる。
振り向いてその雨とも涙とも知れない滴をぬぐってあげることが出来たなら、どんなに良いだろうか。
あの日、麻衣を選んだ時から、どんなに辛いことがあっても構わないと覚悟したはずなのに。
どうしてか、こんな涙一つに心を大きく揺さぶられている。
…考えるな。
これ以上は考えたって仕方のない事じゃないか。
家族を捨てた俺と、捨てられた祐希達。
もう交わる事の無い関係だ。
麻衣の元へ戻って、全てを忘れてしまおう。
あの笑顔を見れば、きっと全部忘れられる。
これ以上この場にいたら、ゼロから築き上げた日々が粉々に砕けてしまう。
感情を押し殺せ。
必死に重たくなった身体を前に進める。
「待って…待ってよおにーちゃん!!」
聞くな、耳を傾けるな。
ただひたすらに歩みを進める。
しかし次の瞬間、俺の歩みは簡単に止まった。
「───祐希」
突然目の前に現れた事に、驚かずにはいられなかった。
その瞬間、世界が止まった。
雨も、祐希も、自分さえも、全てが静止したような感覚に陥る。
心拍音だけが、自らの内で速度を上げて鳴り続けている。
涙を流して酷い顔になりながらも、こちらを見つめる祐希の目。
冷えきった体の中で、熱い何かが沸き上がってくる。
“そんな目で、俺を見るな”
“俺なんかの為に、泣くなよ”
苦しい。
息が詰まる。
家族を裏切った。
その事実は変えられない。
一生背負って生きていかなければならない。
…ちょっと前まで、祐希を背負ってたのになぁ。
気を緩めれば、今すぐにでも泣いてしまいそうだ。
瞬間的な回顧も、自分自身が背負う十字架の大きさを確認するには十分だった。
「どいてくれ…祐希…」
目を見ることもままならず、地面に焦点を当てながら言う。
数秒、間が空いた。
地面に落ちて弾ける雨粒を眺める。
心地よくなんかないけれど、
何か言われるよりはこのまま無言が続いた方がずっと楽だった。
祐希が今、どんな表情をしているかは分からない。
けれど、返答がない時点で大体の予想はついていた。
直後、小さく息を吸い込む音が聞こえた。
何だかその後に放たれる言葉が、自分にとってはまるで良いことのような気がしなくて耳を塞いでしまいたかった。
しかし間に合うはずもなく可愛らしくも意思の籠った声が鼓膜を揺さぶった。
“おにーちゃんが戻って来ないなら、祐希がおにーちゃん達の所に行く”
理解が追いつかなかった。
今、祐希は何て言った?
音としては確かに聞き取った。
しかし、全く言っている意味が分からなかった。
受け取った言葉を丁寧に噛み砕いていく。
俺の所に…来る?
思わず顔を上げて写りこんだ祐希の表情は、真剣そのものだった。
気の迷いや冗談なんかじゃない、本気で言っているのが分かる。
本気で、家族を捨てて俺の所へと来ようとしているんだ。
「何、言ってんだよ…」
「祐希は、おにーちゃんが一緒にいてくれたらそれでいい」
目、言葉、全ての言動から、俺に対する強い想いがダイレクトに伝わってくる。
そして今伝えられた想い、覚えがある。
この想いは、俺があの日姉ちゃんに向けたそれと全く同じものだ。
まさか、そこまで祐希の想いが強いなんて…。
…でも俺には、そんな想いを向ける価値なんかないんだ。
そんな心の声が祐希に聞こえるはずもなく、祐希は未来を見据えたような目でじっと俺を見つめた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、身動きが取れなかった。
しかし、それは恐怖によるものではなくて、あまりにも強すぎる想いが俺をそうさせている。
どれくらいそうしていたか分からない。
けれど、俺がついに目を逸らした瞬間、祐希は俺の胸の中にその小さな身体を寄せていた。
小さな顔、潤んだ瞳。
息を呑むような美しさが、そこには存在していた。
「家族を見捨ても、祐希はおにーちゃんが大好き…だから───」
“祐希を一緒に連れていって?”
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