見出し画像

【第1話】もし村上春樹が社交ダンス教室に行ったら

(完全なる暇つぶし記事です。ハルキストではないのでかなり雑です。いろいろすみません)

 その教室には、もう20年も前に流行った映画の主題歌が流れていた。拍子が違うと僕は思った。まるで人工的に作られた架空の国の音楽のようだった。

 「こちらが更衣室です」と彼は言った。僕は肩から下げたナイキのスポーツバッグを見下ろした。彼が「更衣室」と呼ぶ重々しい扉は、ここに詰め込まれたスポーツウェアには似つかわしくないように思えた。

 「そのままでも大丈夫です」貼りついた笑顔で彼は言った。「そのままでも大丈夫」僕は少し混乱して、壁中に張り巡らされた鏡を見た。そこには、アップル・レコードのTシャツにリーヴァイスのブルージーンズを履いた猫背の僕がいた。隣りには、パールブルーのネクタイにブリティッシュスタイルのベストをさらりと着こなしたーーまるでそれが彼にとっての部屋着のように-ー姿のいい青年が映っていた。

 「そのままでも?」僕の質問に、彼はゆっくりと頷いた。不安症の患者をなだめる有能なカウンセラーのように。いったいこの世界に、普段着で行うスポーツなどあるのだろうか。考えてから、そのばかばかしさに僕は気づいた。ここでは彼に従うしかないのだ。好むと好まざるとに関わらず。

 「シューズはお貸しします」と彼は言った。「シューズは?」僕はまた少し混乱した。「ひとつ聞いてもいいかな」僕は、鏡の中の彼の目を見ながら言った。「これは参考として聞いておきたいんだけど――シューズは必要なのかな」「シューズは必要なのかな」鏡には「ちょっとよくわからないな」という彼の表情が映っていた。

 奇妙な三拍子の映画音楽はまだ流れていた。僕がここに入って来たときから流れていて、今も流れている。ここでは四六時中、この音楽を流しているのかもしれない。まるで無理に欧風を繕った街角のカフェのように。

 「シューズは必要ですね」彼は、少しかたくなな口調で言った。「シューズは必要」このスポーツは服装にはこだわらない。けれどシューズにはこだわる。奇妙なスポーツだと僕は思った。あるいは僕が世の中のスポーツに無知なだけなのかもしれない。

 「ええ、サイズはいくつですか?」「その前にもうひとつ聞いてもいいかな」僕は鏡から目を外して彼を見た。「どうしてシューズが必要なんだい」彼はしゃれたネクタイを整えながら、しばらく試案した。「それはつまり、シューズを借りなければならない理由が知りたいということですか」「シューズを借りなければならない理由が知りたい」

(永遠にレッスン始まらないのでこの辺にしておきます。村上春樹ファンの方、申し訳ありませんでした。やれやれ。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?