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アリスの回答、帽子屋の怪答

『不思議の国のアリス』のお茶会の場面で帽子屋が出題する謎々は2つ。
私は「カラスと机」の謎かけ"Why is a raven like a writing-desk?" の答がLike a tableで、「小さなコウモリ」Twinkle, twinkle, little bat!…の謎々詩の答がbutterfly in the skyと推定しています。

また新たな気付きがあったので報告。

···と、その前に。

作者ルイス・キャロルが1896年版の序文で出した「最初は答がなかった」という言葉は「2つの謎々にいっぺんに答える方法は考えていなかった」というくらいの意味だと思います。
この言葉を基に「答がないのが答」という人も結構いるのですが、少し自分の頭でも考えてみてほしいものです。

キャロルの韜晦癖は書簡集等を読めば一目瞭然ですからね。

部分回答

では今回の話。

謎かけの答のLike a table。
第7章が「madなT尽くし」の章でもあることから、部分回答を
Like a table→Like Tと考えます。

配点10点のところ、
Like a tableなら「正解」で10点、
Like Tなら「ほぼ正解」で6点、
といった感じでしょうか。

同様に、謎々詩の部分回答は
butterfly in the sky→butterfly。

そのように考えると、拾えるヒントの幅が広がります。

『不思議の国のアリス』第11章の法廷の場面で帽子屋が1人目の証人として登場するときにteacupとbread and butterを持ち込んでいるのはlike teaとbutterでLike Tとbutterfly。

『鏡の国のアリス』第3章のBread-and-butterflyもthin teaを好んで餌にしていたのでbutterfllyとLike T。

いずれも2つの謎々の答を表していると見なせるのです。

Tはtea(紅茶)ともTea(帽子屋の名前)とも取れますが、後者だとLike Teaは「アリスの口から言わせなくては意味がない言葉」にも思えますね。

また、第7章の初めの方で三月兎が
"Have some wine,"
と「在りもしないワイン」をすすめていたのも、アリスが
"I'd like a tea." (→Like a T)
と返答するのを読者に想像させるためだったと考えると説明がつきます。

地の文でtableという単語を5回も連呼していた件と同じで「帽子屋が謎かけを出題する前に作者から読者に向けて出していたヒント」というわけ。

アリスの回答

さて。
帽子屋は「小さなコウモリ」を前半と後半に分けて披露しています。

"——it was at the great concert given by the Queen of Hearts, and I had to sing

     "Twinkle, twinkle, little bat!
      How I wonder what you're at!"

You know the song, perhaps?"
"I've heard something like it," said Alice.
"It goes on,  you know," the Hatter continued, "In this way: ——

     "Up above the world you fly,
      Like a tea-tray in the sky.
                Twinkle, twinkle, ——"

Lewis Carroll "Alice's adventures in wonderland" (1865)より


「この歌知ってるよね、たぶん?」と帽子屋に聞かれて、アリスが答えた
I've heard something like it.
が問題。
普通はitを直前のthe songと考えて「そんな歌を聞いたことがあるわ」と訳す台詞なんですが···。

heardとhadは「単語」で比較すると発音の違いがはっきりしていますが、
  I've heard something like it.
  I've had something like it.
と「文」で比較すると、区別が曖昧になってしまいます。

また、something like itは
something like "it"で区切ると
「itみたいな何か」ですが、
something "like it"で区切ると
「like itみたいな何か」となります。

「Like itみたいな何か」→Like T
先に述べた「カラスと机」の部分回答です。(7点くらい?)

で、この2つを合わせると
I've heard something like "it"
(そんな歌を聞いたことがあるわ)が
I've had something "like it"になり、「私、答が分かったわ。"like it"みたいなやつでしょ」···となるわけ。
(※I've had the answer that is something "like it" の略)

現在完了の「経験」が「完了」に変化してアリスは謎かけの正解を口にしてしまったのです。(部分回答ですが)

本人は気付いていないのに、帽子屋は
「キミが答を分かったんだから、もう歌の先を続けてもいいよね」と勝手に了解しました。

"It goes on, you know,"

通常は意味を持たせずに訳す語句のyou knowを字義通りの意味で使っているのもポイント。

帽子屋が歌の後半部分を保留していた理由は、次に進むと分かります。

帽子屋の怪答

その替え歌の4行目。
Like a tea-tray in the sky. ですが、
①tea-tray→[ti:]+[trei]→[ti:]+[ei]→t+a
②ray in the skyまたはin the sky
→空の可視光(の色)→blue
のように考えると、
Like a tea-tray in the sky→
Like a+t+a+blue→Like a tablue
Like a tableとなります。

ここにも「カラスと机」の答が···。
だから歌を保留していたんですね。

uの1字がバグっていますが、それなら5行版の詩の行末を下から上、右から左に向けて読むときのtab+el→tableだって同じようなもの。

この程度の力業はいつものことです。

とはいえ、帽子屋がここまで堂々と答を歌い上げていたとは···。
そういえば、singには「自白する」という意味もありました。

驚くことばかりですが、わずか5行の詩の中に「カラスと机」の答を2つも折り込むというのがやはり凄い。
いや、これ自体が「蝶々」の謎々詩でその答も4行版の行末に仕込んでいたわけだから、3つ以上か。

しかもこれを「替え歌縛り」で···。
どれだけ超絶技巧なんでしょうか。

【参照用】
帽子屋の替え歌
Twinkle, twinkle, little bat!
How I wonder what you're at!
Up above the world you fly,
Like a tea-tray in the sky.
(Twinkle, twinkle——)

"The Star", Jane Taylor(1806)
Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are!
Up above the world so high,
Like a diamond in the sky.


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