鳩襲来

この1週間というもの、我が家の周辺に鳩(ドバト)がやってきてはしきりにこちらをうかがっている。ベランダの手すりにつかまったり、エアコン室外機の上でキョロキョロしたり。そして決まってベランダに糞をする。とても迷惑だ。その都度窓を開けては追い払っているのだがいっこうに撤収の気配がない。

どうやら鳩たちは(おそらくツガイ)産卵のための巣をつくろうとしているようだ。初夏は鳩にとっては営巣・産卵の季節だというが、この鳩はその時期を逃してしまったのだろう、いっときも早く産卵したいという種の保存をかけた必死さを感じさせる。

ここに長いこと住んでいるが、これまでこういうことはなかった。なんで今年になって突然うちを狙ってきたのだろうか。考えられるのは、ひとつは天敵のカラスが減ったこと。ゴミ集積所にネットを張るなどカラス対策を徹底した効果だろうか、カラスは激減している。ひと昔前は朝から晩までカラスのカーカーと鳴く声になやまされていたのだた、最近はまったく静かで、きっと鳩もそこを感じ取ったに違いない。

もうひとつは、近所に鳩の餌付けをするひとがいること。餌(おもにトウモロコシ)を敷地にまいて放置している。これはこれで迷惑なのだがそちらは別のテーマとして解決をはかりたい。ともあれ、鳩にすれば餌場の近くに巣を作りたいと思っても不思議はない。

鳩の産卵は大自然の行為であり、野生の発露だ。これに逆らうとたいへんなことになる。産卵された卵や雛を撤去しようものなら野生動物保護法によって罰せられるのだと知って仰天した。いかんいかん、そのためにはなんとしても巣をつくらせてはならないのだ。鳩の巣には細菌やウイルスの繁殖があるそうで、産卵せずとも、巣だけでも脅威なのである。

鳩と格闘すること数日、家人はベランダの監視とスクランブルに余念がない。しかし敵もさるもので、人間の気配を察知するやあっというまに飛び立ってしまう。なにか柄物が必要かと思案し、鞭がいいんじゃないか、あれをピュッと振れば、致命的ではないにせよ痛手を与えられるにちがいなかろうと、アマゾンで検索したところ、SM女王様の革の鞭が豊富に品揃えされていた。これは買おうかとポチろうとして、待てよ、ここでこれを買うと今後ずっとSM関連の広告だのに付きまとわれるかもしれないぞ、と躊躇する。

世の中にはハト避けグッズなるものがあって、鳩の嫌いな香辛料の混ざったジェルをベランダにまくことである程度の効果が見込めるらしい。こっちならよかろうとひと瓶購入してみた。

などと対策をこらしていたところ状況に変化あり。鳩の飛行ルートが変わった。これまで我が家を狙っていたものが、もっと急峻に上方へと向かっている。角度からして上階のおたくのベランダのようだ。階上には高齢のご夫婦が住んでおられる。そして、ベランダにはエアコン室外機が外壁の天井近い高さにとりつけられている。鳩の飛び方からして、あのあたりを狙っているのではなかろうか。天井近くの隙間ならば老夫婦には手が届かないし、雨も防げて営巣にはうってつけかもしれない。

さらに観察すること数日、鳩はあいかわらず階上に飛来し、よく見ればクチバシに小枝や草のようなものをくわえているではないか、やはりそうだった営巣に間違いない。ちなみに鳩は巣作りが極端に下手くそな鳥類で、鳥の巣といえば丸くこんもりしたちぐらのような形を想像するのだが、はとはまったく粗雑な生き物で、小枝を数本乱雑にキャンプファイヤーの薪木のように積み重ねただけでもうそれでオーケーなのだという。小枝をくわえて往復する作業もあっというまに終わってしまった。

その数日後に事件は起こった。梅雨明けとともに南からの熱波が暴風となっておそってきた。そう、鳩の巣も暴風にはひとたまりもなかったにちがいない。なんといったてタキギ程度の雑な組み方なのだ、強風に耐えられるわけもない。しかし鳩はあきらめなかった、ここで産卵の時期を逃すわけにはいかない。その翌日からまた、小枝を加えて階上に往復する姿を目にするようになった。けなげである。がんばれよ。

いつのまにか鳩に愛着を感じている自分に気がついた。

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