見出し画像

「灰から灰へ」——『さよならデパート』ができるまで(20)

ある事情により、この章については書くのをしばらく保留していた。
そうしているうちに配慮すべき理由も薄くなってきたものだから、先に進みたいと思う。

今年の4月に『さよならデパート』を発表してから、ありがたいことにさまざまなメディアが取材を申し込んでくださった。
「渡辺さんが、一番印象に残っている場面はどこですか」
こういった質問をされることが多い。

たいてい私は「酒田の話です」と答えてきた。
この本の主題は「山形本店の創業から破綻に至る物語」なわけで、記者さんもそれにまつわる答えを引き出そうとしているのだろう。当てが外れたと思われるだろうなと自覚しつつ、それでも「酒田」と返答し続けた。
やはり反応は微妙なので、他にもいくつか付け足すことになるのだけど。

先日、小学校以来の友人と飲みに出掛けた。
もうすぐ閉業するのだという店の餃子と焼きそばを食べながら、取材の時とは逆の立場になって「読んでみてどこが印象に残った?」と尋ねてみた。
彼はしばらく斜め上を見つめてから、少し言いにくそうに「酒田、かな」と言った。そうしたのはおそらく、主題からやや外れたエピソードだったから、私に気を使ってだろう。

だけど私は歓喜した。
「そうだよね!」
声の調子を上げて、後は餃子をばくばくと食べてビールを飲んだ。酒田編を褒められたのは初めてだった。

第15章「灰から灰へ」は、湊町酒田の物語だ。
明治時代の清水屋・小袖屋の起こりから、繁栄とデパート化までを追いつつ、映画館グリーンハウスや、フランス料理店ル・ポットフー、大沼酒田店のストーリーを並走させている。やがてそれらは、悲劇的な結末に飲み込まれてしまう。昭和51年の「酒田大火」だ。

被害に遭われた方には申し訳ないが、私はこのドラマチックな展開にすっかり心を奪われた。「佐藤久一」という規格外な登場人物も、その一因だ。
私の興奮を、文章でどれだけ再現できたかは分からない。だけど、昔からの友人がここを気に入ってくれたのは本当に嬉しかった。

ところで、この章の冒頭には作文を置くつもりだった。
火災があった当時、被災した小学校が文集を作っている。児童たちの体験を綴ったものだ。その中の1編を紹介したかったのだ。

ただし、実現するには課題がある。
作文から2、3行を抜き出すだけなら、出典を明示すれば著作権法上問題はない。「引用」という作業だ。
だけど、例えばAさんの作文を頭から終わりまで使いたいとなると「転載」の扱いとなる。この場合は著作者の許可が必要だ。
何歳の子どもが書いたものでも、書いた後に特別な手続きをしていなくても、作品が書かれた時点から著作権は発生する。つまり私は、45年前に小学生だった本人を探し出して、転載の許可をもらわなければならないのだ。

手掛かりはあった。
文集の巻末にある名簿だ。今は個人情報保護の点からこういったものを付けないのだろうけど、住所と保護者の名前まで記された名簿はありがたかった。
転載候補は2作ある。まずは第1希望を実現するために、名簿の情報を使ってインターネット検索に取り掛かった。

ない。
甘くなかった。
住所を入力して地図を表示してみたものの、どうやら空き地になっているようだ。
作文を書いたのは女の子なので、苗字が変わっている可能性も高い。親の名前で検索してみても、何も手に入らなかった。

そこで、文集を作った小学校に電話をしてみることにした。
もしかしたら引っ越し先がどこか知っているかもしれない。だとしても教えてくれるとは思えないけど、わずかでも手掛かりが得られればもうけものだ。

「○◯小学校です」
教員らしき女性が出た。
「山形市で出版業を営んでおります、スコップ出版の渡辺と申します」
名乗った瞬間に、「はい?」と急激に語尾の上がったカウンターを食らった。
警戒と不快とが丸出しといった感じだ。酒田では中学校でのいじめ自殺事件が問題となっているため、それに絡む取材だと思われたのかもしれない。
山形のデパート史についての本を制作していること、文集から1編を転載したいことなどを説明したが、終始その教員は私に対するトゲを隠そうとしなかった。

こんな時、自分の無名っぷりが悔しい。
女性教員が「校長に代わります」と保留音を流している間、「村上春樹です」と名乗ったら寿司やら焼肉やらで大歓迎してくれるだろうに、などと妄想を広げていた。

すっかり卑屈に染まり切った頃、校長の快活な声が受話口から響いてきた。
対応がまるで違う。私の話を親身に聞いてくれ、「教えられないこともあるができるだけ調べてみる」という内容の返答をしてくれた。
何て親切なんだ。しばらく保留音を聞いている間に、自分が村上春樹に化けたのかと思った。こうなると、寿司や焼肉をごちそうになる用意も必要だ。

「渡辺さん、もっと食べ"レバー"いいじゃないですか」
気さくな校長だから、間違いなくそんな焼肉ギャグを披露してくるだろう。
「いやあ、校長は"上タン"がお好きですね!」
私もそのくらいの返しは準備しておかなきゃいけない。

だけど分かったのは「その女の子が卒業後に転居した」ということだけだった。もちろん、食事のお誘いもない。
翌日、私は現地へ向かった。地図を頼りに、女の子が住んでいた場所を目指す。たどり着いたそこは、やはり空き地だった。
目的は隣家へ聞き回ることだ。次々と呼び鈴を押したけども、「昔うちが越してきた時からずっと空き地だよ」という絶望的な答えを得ただけだった。

目標を第2希望へと移す。
こちらは父親の名で電話番号が分かった。かけてみると、「娘は嫁いで東京に住んでいる」とのこと。好意的に話を聞いてくれ、近く娘が帰省してくるとまで教えてくれた。
山形へ戻った後、私はその親子に向けて手紙を書いた。15章の冒頭に、彼女の作文が載っているのが想像できる。興奮を抑えながら投函し、返事を待った。

——子どもの頃に書いたものを、表に出したくない。
彼女の答えだった。

私はあの時、その返事を被災者たちの代弁として受け取ったのかもしれない。「また好奇心に任せて、人の傷に触れてしまった」。そんな後悔が名簿を閉じさせた。

結局、冒頭には他の取材時に得た、大火後の現場の様子を置いた。
大沼酒田店の被害が具体的に表現できていて、いい書き出しになったと思う。
文集からも、個人が特定されないよう配慮して「引用」しつつ「灰から灰へ」を完成させた。
初めの想定通りにはならなかったけども、だからこそ生まれた構成でもあると思う。

「渡辺さんが、一番印象に残っている場面はどこですか」
いつも「酒田の話です」と答えるのは、あの時の苦心がよみがえるからなのかもしれない。

--------------------

すみません。5回に1回だけ宣伝させてください。

まだ明かせませんが、2つほど全国誌にて紹介されることが決まりました。空き地を見に酒田へ車を走らせた甲斐があるというものです。
詳細は後日お知らせします。

(帯あり)さよならデパート表紙

『さよならデパート』全国書店にて発売中。
在庫のない書店でも取り寄せが可能です。
Amazon楽天ブックスなどでも販売中。
本体定価:1800円 + 税 / 304ページ ISBN:978-4-910800-00-4


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?