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「未定」【一話】

奇妙なことに、僕はまだこの世で生を得たままでいる。
特にあてもなく生きているわけで、その生活を彩るはずの風景もまた、その色をどこに向けているのか。
今朝のニュースでは同じ町に住むサラリーマンが会社のビルから飛び降りて自殺したなんてニュースが流れていたが、それも些細な話である。あくまで僕は僕なのだから。

駅からの帰り道、ふと道端に捨てられている黒い装丁の日記を見つけた。
日記とは。今の時代にも日記をつけている人は多いのだろうか。
書かない身からすればそれは想像の話であったのだ。
栞紐が挟まる持ち主が一番最近書いたであろう日付を読んでみた。
そういえば僕は落ちている日記の中身を覗いてしまうような人間だった。

9月14日

結局のところ俺は何をするべきだったんだろうか。
俺が世界を見限ったのか世界が俺を見限ったのか。
今日もよくわからないまま、それでもやらなくてはいけないことがある。
仕事だって一生懸命やってきた。結果は出なくても気持ちだけは社内でも表彰台に登れるくらい強く持ってきたはずだ。
けれど何一つ変わらない。
何をしたらいい?

俺が日記に書いているこの文章は、一体何のためなんだろうか。
それでもここまで書いてみたわけだが、この日記だって誰かに望まれて書いているわけではない。

愛のないタミフルはインフルエンザ患者を救うし、金稼ぎのためだけに作られたTV番組だってお茶の間を賑わせている。
必要なのは気持ちではないのかもしれない。

それじゃあなんなんだ。
何をしたらいい?

そういえば3年前に入ってきた新人は最初こそ緊張で何もできなかったが、今となっては成績を伸ばし、将来有望な若手エースとなっているらしい。

やっぱりだ。
俺は、何をしたらいい?

書いている内容にまとまりがないし、ずいぶんと中途半端な終わり方だ。
書いている途中に何か決意でもしたのだろうか。それとも日記とはそんなものなのだろうか?
何度も言うが僕は日記を書いたことがないのである。

いやはやそれにしてもずいぶんと感情的な文を書くものだ。
こんなものを見せられてしまったら将来が怖いじゃないか。
学生の僕には少々荷が重い。
僕だって僕なりに思ったこともあったが、それが持ち主に伝わるわけでもなく、僕の胸の中に小さな黒ずみを作るだけだ。

日記を交番に届けようかとも思ったが、中身を読んでしまった後ろめたさもあり、捨ててあったところにそのまま置いていくことにした。

ところでこの日記、なぜ捨てられていたのだろうか?

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