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静寂者ジャンヌ 20 今朝は、もっと、なんにもない。まったく、なんにもない。安らいもない。それを超えた状態らしい。

夜の底

ジャンヌは、いよいよ、夜の底を突く。





ジャンヌは、独りで、もがき続けた。

ぼくは、生きれば生きるほど、罪を犯すような印象だった。
罪を逃れることができず、
まるで罪を犯すために生きているかのようだった。
地獄のほうが楽なようだった。
ぼくは、苦悩のなかで叫んだ。
罪ではなく、地獄を!


まるで罪を犯すために生きているかのようだった・・・

この場合の、ジャンヌの言う「罪」は、欲望全般だ。(1)

〈夜〉の底で、
それまで自分では克服したつもりでいた欲望が、
潜在意識から浮上してくるのだという。

たぶん、欲望と言うにはあまりに言語化できない、
もっと衝動的な、欲動に近いものだろう。
それが、フラッシュのように、あまりにリアルに感じられ、
まるで、自分がそれを実行しているようだったという。

白昼の妄想のようなものだったらしい。

それがどんどんひどくなって、
ジャンヌは幻覚に悩まされた。

教会にいても恐ろしくて目を瞑ることもできなくなったという。
目を瞑ると、なまなましい幻覚に襲われたらしい。

かといって目を開ければ、目の前で起こっていることが
「別なふうに」見えたと言う。

一般的な見え方とは違う、錯乱の光景が、眼前に展開したのだろう。

それが「罪」と関わっているというのだから、
潜在的な欲望ないし欲動が、
生々しく、奇怪なイメージ、おぞましい感覚として、
全身を襲ってきたのだろう。


ジャンヌの精神状態は、危険水域に入った。

この〈夜〉の危険性について、現代の静寂者リリアン・シルブルヌは、
こんなことを書いている。

師が弟子を、ある一定期間、恩寵の流れのもとに、〈夜〉へと入らせる。
そして時が来れば、やはり師が弟子を〈夜〉から引き出すのだ。


師は弟子を静かに、遠くから見守る。

この重要なフェーズが、いかに危険なものでもあるか、師は知っている。


だとすれば、ジャンヌの師ベルトは、
いったい何をしていたのかと思いたくなるが、
やっぱり、手紙だけのやりとりでは、限界もあったのだろう。

「今、忙しくて、詳しく書いて説明できない」
「あまり手紙を書かないけれど、あなたのことはいつも気にかけています」
といったたぐいのエクスキューズが、ベルトの手紙に書かれている。

かえすがえすも、ジャンヌが最も信頼していた
ジュヌヴィエーヴ・グランジェがいなくなったことが痛恨だ。

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ジャンヌは、死に瀕した。

ぼくは衰弱しきった。
何度も死ぬと思った。
ずっと嘔吐が続いた。
食べることができなかった。
スプーン一杯のブイヨンがせいぜいだった。
胃液まで吐いた。
死にたくないとは、ぼくには思えなかった。

すっかり、死の欲動に衝き動かされているのが、わかる。


広々とした断念

しかし、ぎりぎりのところで、ジャンヌは持ち直した。

次第に、夜の底から浮上しだした。

どうやって、持ち直したのか?

そのあたりの心境を、ジャンヌはこう語っている。

こんなひどい状態から脱出できる希望は、もはやまったくない。

恩寵も、二度と再び、得られまい。

一般にもたらされる救済も、ぼくには、ないだろう。

それでもぼくは神のために、
…そう、もはや愛してもならないと思ったその神のために、
少なくとも、できることを、何かしたいと思った。

ぼくは地獄落ちを思いつつ、
神に敬意を表し、
神に仕えたかった。

断念が成ったのだ。

ジャンヌはよく「自分の断念 renoncement de soi 」という言葉を使う。
「自分を出る」とか、「自分を忘れる」と同じことだが、
もっと、「諦める」というニュアンスが滲んでいる。

でも、ここには、ある種のポジティブなトーンがある。

希望がまったくない…という、
なんだかこう、広々した感じ。

スカっと、さばさばしてる。

先回に引用した、リリアン・シルブルヌの「日蝕の砂浜」の感じだ。

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こうしたジャンヌの表現に接すると、
やっぱり、親鸞を思い起こす。
ためしに、「歎異抄」をぱらぱらめくってみると、
こんな一節に行き当たる・・・

念仏は、まことに浄土に生まるるたねにてやはんべるらん、また地獄に堕つる業にてやはんべるらん、総じてもって存知せざるなり。
(念仏は、ほんとうに浄土に生まれるたね・・なのか、あるいは地獄におちる行いなのか、わたしにはまったくわかりません。)

たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも、さらに後悔すべからず候。
(もしかりに法然聖人にだまされて、念仏して地獄におちたとしても、わたしはすこしも後悔はいたしません。)



いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。
(どのような行も満足に修めることのできない愚かなわたしですから、地獄以外に行くところはありません。)

千葉乗隆 現代語訳「新版 歎異抄」角川ソフィア文庫

浄土に行くか、地獄に堕ちるか、
(ジャンヌ流に言えば、天国か地獄か)
総じてもって存知せざるなり・・・
そんなこと、自分にはまったく分からないし、分からなくていい。

ただ、念仏にあればいい。
ジャンヌ流だったら、ただ神の愛にあればいい。

念仏して、たとえ法然に騙されて、地獄に堕ちても、
さらに後悔すべからず候・・・
地獄は一定すみかぞかし・・・

ジャンヌだったら、法然の立場は、
師のベルトというより、
絶対的な師としてのイエスか?

イエス・キリストは全き神であると同時に、全き人でもあり、 
(現人神のようなものではない)
ジャンヌにとって、その実存をかけて、
生き様をまねるべき師だった。

ジャンヌは、イエスを「小さな師」・・・
(先生と言ったほうが、雰囲気が合っている)
「小さな先生」と呼んでいた。

小さな先生イエスが地獄に堕ちろと言えば、ただその通りにする。
実際、たぶん、愚かな自分は地獄に行くのだろう。
もちろん後悔などない。
救済を断念しているのだから・・・


神秘の死

ジャンヌは〈神秘の死〉のフェーズに入った。

しばらくの間、ぼくは、もう決して生き返ることのない、
永遠の死者のような状態のままだった。

このパッセージは、ぼくにはすばらしく合っているようだった。

ぼくは、誰のこころからも消され、忘れ去られた死者のようだった。

(…)

少しずつ、ぼくは苦しくなくなった。
いっさい、何も感じないようになった。
その無感によって、
神にすっかり見放されたぼくの「永罰」の状態が最終的に固まった。

ぼくの冷たさは、死者の冷たさのようだった。
それが、とてもよかった。

「死」といっても、この内的な〈神秘の死〉は、
さっきの、死の欲動の次元とは決定的に違う。

さっきまでの、死の欲動に突き動かされていたジャンヌは、
「罪ではなく、地獄を!」と、神に願い、神に命じていた。

〈神秘の死〉に入ったジャンヌは、もう、
そんな願いもなくなった。

それまでの「死の欲動」は、
たとえ言語化できない
無意識の深いところからの衝動だとしても、
それでもやっぱり、自我執着に他ならない。

「死の欲動」で苦しむ状態は、
自我の最後の悪あがきだったのだろう。

その「死の欲動」も、死んだのだ。

自我がほどけきった。

いくばくか残っていた能動性が消え、
完全な受動性に転換したのだ。


ここが転換点だ。


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師のベルトは、この神秘の死のことを「自分自身の死」と呼んだ。
つまり、自我解体の完了だ。(2)


ぼくの冷たさは、死者の冷たさのようだった。
それが、とてもよかった・・・

自我が解体された、クールな受動性の心地よさだ。

ジャンヌは、この心境を、こう書いている。

自分に関わる全てのことに
無感になるのだ。

神が、ぼくを、
どんな極端な状態に置いても、
嫌じゃない。

すべて、同じさ。

天使になろうが、悪魔になろうが。

もう、自分自身を見る目がないんだから。

天使になろうが、悪魔になろうが・・・

ジャンヌっぽい。

結局、天使も悪魔も信じていないのではないか?

どうでもいいんだ。

魔女狩りが現実に行われていた
当時の時代状況を考えると、
かなり大胆な発言だ。


受動性ー無心

この、静寂者ジャンヌ特有の
主体自我の機能麻痺、
徹底した受動性は
教会権力から、激しく糾弾されることとなる。

ちょっと脱線するけれど、
「受動性」について、鈴木大拙がとても面白いことを言っている。

長くなるけれど、引用しよう・・・

宗教というものには、パッシヴィチイと申しますか、受動性というものが中心となっているのです。(…)
この受動性がいろいろな型となって、真宗には真宗の、禅宗には禅宗の、キリスト教にはキリスト教のそれぞれの型がある。その型で受け入れるが、ちょっと見たところでははなはだ違ったようでも、その本を探して来ると心理学的に受動性というものがいずれの宗教にもある。
これをインドの言い現わしかたでいえば、「本性清浄ほんしょうしょうじょう」ということにもなります。この清浄とは、ただ奇麗であるとか、大空の雲のない姿で、からり・・・として何もないという、ただそれだけを意味するのではなくして、そういう姿でないと、そこへはもの・・がはいってこないのです。これは受動性をたとえたのであります。受動性は、つまり絶対的包摂性といってもよいのです。

(…)

それから無心が宗教生活の極地であるということは、受動性がわれらの宗教体験の極致に立っているという風にとりたいと思うのです。(…)

無心になると、心がないということになる。
心がないというと、大抵の人々は、吾らにはみな心があるじゃないかと、こう言うのです。心がなかったら木石に等しいじゃないか、こう言うのです。
ところが宗教の極致というものには、木や石のようになってよいというところがあるのです。
木石のようになっていいところがあると言いますと、人は木や石じゃない、人間には血がある、温か味がある、意識がある。心がある、神経がある、ああいう木の片や石の固まりのように無神経じゃないと言うのです。
なるほど、そうなのです。だから寒かったり暑かったり、怒ったり笑ったりするけれどもその怒ったりする表面だけを見ると、心があり、情があり、意があると思いますが、そのもとを、もう少し推し進めてみると、やはり木や石などを木たらしめ石たらしめるところの、何か無意識的なものに突き当たるのです。
そこに絶対的受動性というようなところがある。それを体得しなければいけないというのが、私の主張なのです。

鈴木大拙「無心ということ」(角川ソフィア文庫)

この『無心ということ』は、東本願寺の関係者を相手に、
大拙が行った講演が元なのだが、
その序を読むと、大拙が「欧米の人」を相手として
念頭に置いていたことがわかる・・・

自分の考えでは、この「無心」ということが、仏教思想の中心で、また、東洋精神文化の枢軸をなしているものなのである。(…) 西洋には「無心」がなくて、東洋にはあるというようなところで、両者の区別を認められはせぬか知らんとも思う。否、東西精神または思想上の相違の一項には、たしかに無心というのがあると提言したい。それで、これを欧米の人に説明してきかしたいのである。

ここも、面白い。(3)

たしかに、「木や石のようになってよいというところがある」なんてことを、
当時のフランスの教会権力者、たとえば、
ジャンヌを投獄に追い込んだボスュエなどに聞かせたなら、
どんなリアクションをしただろう?
・・・なんて想像するのも、楽しい。

ジャンヌの受動性は、大拙の言う「東洋精神文化」に近いものなのかもしれない。(4)

彼女の受動性は、当時のフランス近世だけではなく、
さらには今日に至る「西洋近代精神文化」において、
全く受け入れられてこなかった。

理解されなかった、
というか、危険視されたのだ。

なぜ、そんなにも危険視されたのだろう?

これから、あれこれ、考えていこう。

なぜジャンヌが西洋近代の歴史のなかで抹消されてしまったか、
それについて考える突破口に、たぶん、なるだろうと思う。

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裸の信

ジャンヌのこの澄みきった受動性は
神へのまったき信頼のうえに成っている。

ジャンヌは、〈裸の信〉と呼ぶ。

「裸 nu 」は、当時の神秘家たちの用語だ。
「純粋 pur 」の意味だ。

〈裸の信〉は、それまでの〈味わいの信〉よりも、
もっとめいっぱい〈信〉の純度を上げたものだ。

だから、一般に〈純粋な信〉とも言うのだが、
でも、ジャンヌはもっぱら「裸」を使う。
そのニュアンスを大事にする。

たとえば、
子どもは裸を恥ずかしがらない」と、ジャンヌは書いている。
裏返せば、やっぱり「裸」は大人にとって恥ずかしいのだ。

羞恥を捨てる、そのめくるめく解放感。

こんな表現もある。

裸のイエスを、裸になっていてゆこう。

この「裸」の意味は、理屈のうえでは、
「自我執着がすっかり落ちた」といった意味なのだが、
でも、やっぱり、この文章には、
官能的で、解放的で、ちょっといたずらっぽい
ユーモアがある。



この裸の状態を、ジャンヌは、こんなふうに書いている。
たぶん、かなり晩年に近い頃の手紙だ。
すでに静寂者として成っているので、
〈神秘の死〉の時とは違うのだけれど、
とても味わい深い・・・

それは、普通の喪失ではない。
完全に、〈なんにもない〉になる。
名づけ得るもの、認識できるものが、
もはや、なくなる。

〈裸〉になるとは、つまり、言語脱落のことなのだと分かる。

いっさいの分節が脱げ落ちて、
もはや、〈なんにもない〉rien としか言いようがない。

そして、ジャンヌはその日のフレッシュな境涯を綴る・・・

今朝は、もっと、なんにもない。
まったく、なんにもない。
もし、この、なんにもないの下に
なにかがあったとしたら、
それはひとえに、ぼくの問題だ。

この〈なんにもない〉の状態で、もし、なにかを意識してしまったら、
それは、自分がまだまだなのだ、というわけだ。

死んで、生きて、自分をなくしたまえ。
そうしたら、きみもこの体験をするだろう。
ぼくにはもう、安らいもない。
安らい以上の、それを超えた状態らしい。
というのも、安らいとは識別できる何かなわけで、
増えたり減ったりするもので、不変の状態にはならないのだ。

死んで、生きて、自分をなくしたまえ・・・
柳澤桂子の『生きて死ぬ智慧』を思い出す。

安らいさえもない・・・と言う。
たしかに、安らいを感じてしまったら、それは何らかの分節だ。

静寂とは、この境地だ。
安らいを超えた境地だ。

こうしたジャンヌの表現は、
妙好人・浅原才市(1850-1933)の表現を、思い起こさせる。

妙好人みょうこうにんは、市井に生きた浄土真宗の念仏行者のことだ。
泥中にありながら清浄な花を咲かせる白蓮華に譬えた尊称だそうだ。
(直林不退「構築された仏教思想 妙好人ーー日暮しの中にほとばしる真実」佼成出版社)

下駄作りの職人だった浅原才市については、
大拙がいろいろなところで書いて紹介している。
(「日本的霊性」・「妙好人」・「真宗入門(佐藤平 訳)」など)

浅原才市は、日々の内的境地を、詩というべき覚書として綴った。

そのなかに、こんなのがある。
大正時代、彼が70歳代に書いたものだ・・・

うれしゆもない、
ありがともない、
ありがとないのを、
くやむじやない。
(…)


さいちにや、なんにもない、よろこび、
ほかにわ、なんにもない、
ゑゑも(好いも)、わるいも、みなとられ、
なんにもない。
ないがらく(楽)なよ、あんき(安気)なよ。
なむあみだぶつに、皆とられ、
これこそあんきな、
なむあみだぶつ。

鈴木大拙「妙好人」法藏館 より

ジャンヌの〈裸の信〉と、ぴったり重なり合う。

なんだか真宗関連のテキストばかり引用してしまったが、
もちろん、ジャンヌを読むのに、浄土真宗にこだわることもない。

ジャンヌにとっての「裸」という言葉のニュアンスを感じ取るには、
とにかく、神学的な用語解釈にとどまってはダメだ。

ジャンヌは言葉のニュアンスを自分の感性で、ずらしていく。

だから読み手も、もっと奔放な詩的イメージに飛び出したほうがいい。

たとえば、意外にも、こんな日本の現代俳句が
ジャンヌの「裸」を全く別の情景の中に映し出してくれる。

 雪ふれば雪のしづかにふる裸(富澤赤黄男)


この「裸」の受動性と官能性。
喪失と静謐。
自由と至福。
真っ白さ、無心が、
ジャンヌの内なる光景と不思議に重なり合っている・・・

わたしの勝手な句の解釈だけれども、それも許されるだろう。


何事もない日常

死の欲動に衝き動かされていたジャンヌは、
身体的な死に直面した。

しかし、欲動が解消され、
〈神秘の死〉の状態に入ると、
ジャンヌの健康は、回復した。

ジャンヌは、淡々と日常を過ごした。

貧困家庭を回って、ベッド・メーキングや家事を手伝ったり、
修道院で食器洗いをしたり、
様々なボランティア活動を続けた。

何もできなくなったと言っても、なんだかんだやっていたのだ。

しかも、そうしたいわゆる「美徳の行い」をするのでも、
それまでは「これは善いことだから我慢してやらなくちゃ」
などと、自分に言い聞かせてやっていた。
しかもやった後は、「善いことをした」という自己満足があっただろう。

けれど、そういう自分への振り返りが一切なくなったという。

自分が何をしていたかまったく憶えていなかったという。

あとで他人から聞いて、
ええ? そんなことしてたんだ? と、驚いた。
(そう言ったかどうか知らないが・・・)

また、それまでは、いちいちどうでもいいことでも
相手の言うことに反論していたのが、
まずは相手の言うことを聞くようになったという。

まずは・・・というのが、ジャンヌらしい。
黙ってはいないタイプなのだ。
それは最後まで変わらない。

(受動性は、人に対するものではなく、
 あくまでも、自分の内なる神に対してだ。)

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何事もなく、淡々と過ごす日常。

〈夜〉の過ごし方について、
リリアン・シルブルヌは、こう書いている・・・

何事もなく日々の生活は続く。友達たちは何も気がつかない。
見た目には、ちっとも打ちのめされたようには見えない。
ユーモアのセンスを保ち、いつでもそれを放つことができる。

〈夜〉で大切なのは、ユーモアだ・・・と、
リリアンは、常々言っていたという。

最後に、〈断念〉について、ジャンヌのこんなアドバイスを紹介しよう・・・

絶え間なく自分を断念するように。
自分のために考えることは、一切、しないように。
自分の意志で自分を振り返らないように。
その反省が生じたら、すぐに、落ちるに任せる。
とても簡単なことだ。

反省が本格的な思考に結びついてしまうと、
それがすっかり勝ち誇ってしまって、
それを防ぐのは難しい。

頭の中に、自分を振り返る思念がよぎる。
それは仕方がない。
でも、よぎったらすぐ、
その瞬間に、枯葉が落ちるにまかせるように、
放ってしまう。
言語化が始まりそうなところで、サスペンドさせるわけだ。

すると、また考えが浮かぶだろうから、
次から次に、枯葉がぱらぱら落ちるように、落ちるにまかせる。
それを絶え間なく繰り返す・・・
そんな感じだろう。

とにかく、生じた瞬間に落とさないと、
その思考の芽が、どんどん自我意識として
はびこってしまうというのだ。

ただし、自力で能動的に落とすのでない。
そうではなく、落ちるに任せるのだ。
力を抜くんだ。

砂が指の間からこぼれ落ちるように、
掌の力を抜いて、こぼれるままにする・・・

そんな比喩を、ジャンヌは晩年に使っている。

      * * *

ジャンヌは、いよいよ、夜明けを迎える・・・



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(1)   ジャンヌは、いわゆる「原罪」とか、人間の根源的な罪といったものについて、とても前向きに考えている。まあ、ほぼ関心がないと言っていい。ジャンヌはある書簡の中で、面白いことを書いている。

アダムは自分を見た。自分が裸なのを見た。
裸であることに恥を覚え、悪いことだと思った。
この時の彼の最初の省察は、自己についてだ。
二つめの省察は、自己の状態について。
三つめの省察は、自己と神との比較だ。
それが、自己愛、驕慢を生んだのだ。
それが全ての罪の源だ。
かくして、人間は神に背を向けたのだ。

 人間の《全ての罪の源》は、アダムが自分を見たこと、つまり自己を反省的、再帰的に思考したことから始まるという。
 一つめの思考は、アダムが自分の姿を見て、自分を対象化した。それによって自我が生まれたわけだ。(・・・しかし、どうやって自分の姿を見たんだ? エデンの園に鏡があったのか? 細かいことを詰めても仕方がないけど・・・)
 二つめは、自分が裸なことを恥に思ったこと。 「恥ずかしい」と思うのは、恥ずかしくない、あるべき自分のイメージを想定している。自己イメージに対する執着が生まれているのだ。
 三つめは、自分と神とを比較して省察したこと。裸であることが悪だと、自分で勝手にジャッジしてしまった。しかし善悪は神の知ることで、自分では知り得ない。しかも、「なんで自分は、神とは違って、こんなに恥ずかしい裸なのだ?」と、自分と神とを比較してしまった。有限の自分が、無限の神と同じ土俵に立てるという、驕慢な思い上がりだ。
 つまり、人間の「原罪」は、自我の形成、自我への執着、自我の驕慢から生まれるのだと、ジャンヌは言うのだ。だからこそ、幾重にも重なった自我の衣装をすっかり脱ぎ捨てて、もう一度、原始のアダムのように無垢に、素っ裸にならなければならない。逆に言えば、もしそれが出来たら、原罪の問題は解決しちゃうのだ。

(2) ジャンヌもこの表現を踏襲するけれども、あまり「自分自身の」をつけない。ただ「死」と言うことが多い。あまり理屈で、整理したくないのだろう。あくまでも「死」の感性的な捉え方に、重きをおいたのだろう。

(3)  ここで大拙の言う「西洋」は、必ずしも「キリスト教文化圏」と一致していないようだ。この本の全体を読むと、大拙は、「キリスト教にはキリスト教の、それぞれの型がある」と、さっき引用した所にもあるように、「絶対受動性」とそこに拠って立つ「無心」が、キリスト教においても、本来、通じるものがあることを示している。
どうやら、大拙のここで言う「西洋」は「西洋近代」のこと、「欧米の人」とは「近代」的な「分別」の思考に生きている人・・・そんな意味合いに取ってもよさそうだ。
とても示唆的だ。

(4)   前にも触れたように、大拙は『妙好人』のなかで、エックハルトと共に、ジャンヌについても、「マダム・ギヨン」と、一言だけれど書いている。おそらく、アメリカで流布していたメソジスト系などの英訳を読んだのだろう。(ただ、アメリカでは、英語読みで「ガイヨン」と発音することが多い。)

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