眠れない夜は、綴れない。

深夜四時、ヘッドホンからは佐久間宣行のオールナイトニッポンが流れていて、手元には電子タバコの吸い殻が残っている。気の抜けた僕のアホ面は、パソコンのモニターとにらめっこしていて、せっせとキーボードで打ち込んでいるのは、このnoteであった。

僕は、就職活動も落ち着いた今、僕が経験したコロナ禍における一年間の経験を、このnoteにまとめようとしていた。


この一年間、色々な事があった。

というより、色々な事がコロナで無くなってしまった。だからこそ、色々な事があったし、色々な事を考えた。

そこで得た価値観や精神力は、就職活動にも大きく生かされた。

だから、その過程を文章で記録したいと思った。


…しかし、筆が進まない。僕は、この一年間の「全部」を書きたいと思った。でも、よくよく考えたらそもそも「全部」ってなんだろう?

ああでもないこうでもないと、書いては消し、書いては消しを続けた結果、深夜の四時を過ぎてしまった。

こんな感じの眠れない夜は、どうやったって文章は綴れない。頭を捻れば捻る度、楽しいラジオの話し声が、BGMになってしまう。肝心のトークも頭に入らないし、それでいて文章も進まない。

生産も消費も出来ていない夜だ。こんな夜は、どことなく後味が悪い。爆睡して夢を見ている方がよっぽどマシではなかろうか。


そんなモヤモヤに頭を抱えていると、ラジオからヒグチアイの「縁」が流れてきた。テレビ東京のドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」のエンディングテーマである。サビの歌詞はこうである。


あなたがいたから
わたしがいるのよ
わたしがいたから
あなたがいるのよ
それだけは混じりっけない
事実 事実だから


やばい!人生の理を知ってしまった気がする!いや、元から知っていたことなんだけど、改めて曲を通して伝えられると、なんだろうね、どうしたっていられなくなるよね!

どうしたっていられなくなる夜は、どうしたって構わないだろう。

だから、今日は寝る!おはよう!おやすみ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?